第46話:第一次TSするかしないか戦争

「はい、じゃー文化祭。何かある人―」


 クラスの委員長というべき人がそんなことを口にする。

 文化祭。九月ごろに開催される学校祭の一種で、いわばお祭り事だ。

 そんなお祭り事には必ずと言っていいほど出し物、というのが存在する。


「はいはいはいはい! ステージやりたい!」

「フライドポテトの屋台! テレレテレレテレレテレレ!」

「皆さんバカですね。順当に言って、ここはメイドカフェに決まっているでしょう」


 ステージは体育館が抑えられないということで却下。

 フライドポテトの屋台は油の取り扱いが難しいため、こちらも却下。

 となれば、王道のメイドカフェだけが残るわけで。


「やだー! 男子がエロい目で見てきまーす!」

「そんなんじゃねーよ! 見ろ! このクラスにはあの清木と一色がいるんだぞ?!」


 清木と一色ねぇ。呼ばれてますよ、檸檬さん。


「……花奈ちゃん何ボケーっとしてるの?」

「へ?」

「ほら、清木さんまんざらじゃない顔してる!!」

「ボーっとしてただけでしょ?! だいたい、あの二人がいるからってなんだっていうのさ!」


 ふふふ、分かってないなぁ。そんな言葉を口にしながら、男はすっと立ち上がる。


「一色は外見だけ見れば、ボンキュッボンの三つそろった絶世の美少女だぜ?!」

「そうだ! 一色さんは外面だけ見ればいいギャルなんだ!」

「そんなギャルがだぞ? 『おかえりー、ご主人様』ってフランクに言われたらなぁ?!」

「イチコロやぞイチコロ!」


 いや、確かに檸檬さんめっちゃ外見はとても可愛らしいというか、プール行った時もそのプロポーションでナンパとかされてたっけ。


「おい、男ども! 聞き捨てならないなぁ?! あたしの中身がなんだって?!」

「なんも言ってないだろ? 外面とか外見の話をしてるんだよ」

「男子さいってー! 檸檬ちゃんのことそんな目で見てたんだ!」

「そそそ、そんなことねーし! 丸山だっていいって思ったろ?!」

「そ、そんなことないし」

「いーや思った! 想像してみろよ、ちょっとラフな格好したギャルメイドに『公務サボってゲームしちゃわない?』とか言われたらさ!」


 丸山さんがしばらく考える。

 数秒後。あらゆる可能性が頭の中で繰り広げられていたのか、脳内がオーバーヒートし、すぅーっと魂が天へと昇っていくのが見えてしまった。


「いい。いいね! 檸檬ちゃんのメイドさん!」

「おい丸山! 速攻で寝返るなよ!」

「でもいいかも、ギャルメイド」

「恥ずかしがってくれると、なおいい」

「バカ野郎! 堂々としているのがいいんだろうが!!」


 あぁあぁ。第一次ギャルメイド戦争が勃発してしまっている。

 できればわたしはそこに入らず、ゆっくり過ごせればいいのだけど。

 そんな淡い期待はうたかたに消えていくわけでして。


「でも、清木だって負けてないだろ! 外面は清楚で素敵なお姉さん! ちょっとずぼらだけど、それがまたいいっていうか」

「分かる。料理できなさそうだもんな、今の清木」

「なんでそうなるの?!」


 確かに料理できないけど。

 だって幸芽ちゃんが作ってくれるんだから仕方ないでしょ。

 わたしの! 彼女の! 手料理! それだけで人は幸せになれるんだ。


「ずぼらなお姉さん、いいよな」

「あ、それは分かるわ! 花奈ちゃんが料理できなくて、幸芽ちゃーんって泣きついてるの目に浮かぶわ」

「浮かばないでくれる?」

「いや分かる! めちゃくちゃ分かる」


 何故かクラス全員がうんうんとうなずいていた。そんなにか。


「じゃあメイドカフェ決定?」

「嫌よ! 私、メイドになりたくない!」

「というか男女平等にすべきだと思いまーす!」

「だんじょ、びょうどう……?」


 そう言うと、クラスの女子一人が黒板の前に立つと、白いチョークでさらさらと何かを描き始める。

 黒板の一部が白に塗り替わっていき、描かれたものを目の前で見た瞬間、なんとなく納得してしまった。


「トランスセクシャル喫茶! 略してTSカフェだよ!」

「「さすがにそれはない」」

「えー?」


 確か名前は村松さんだっただろうか。

 なかなかに、こう。恐ろしいことをする。

 わたしも男装に興味がないか、と言われたら嘘になる。

 実際花奈さんという見た目だ。間違いなく栄えることだろう。


 でも、それはそれとして……。


「男にも女にも辱めを受ける。これこそ男女平等でしょ?!」

「いや、こう。違うだろ! 普通執事とメイドカフェぐらいじゃないのか?!」

「そんなんじゃ面白くない! 時代の波に乗るべきそうすべき! ならばやるべきTSすべき!」

「なんでラップ調なんだよ」

「ウケる」

「ウケねぇよ!!」


 そんな感じで文化祭の催しが決まることがなさそうなぐらいには難航していた。

 主にTSカフェにすべきか、執事メイドカフェにすべきか。その二択で。


「結局コスプレはするんか」

「まぁ楽しいと思うけどね」


 こういう文化祭はやはり空気感が大事と言いますか。

 何をやるにしても、学生生活を送るにあたって刺激は必ず必要になる。

 だからじゃないけど、成人してからこういう場所に立ち会えるって不思議な気分だ。


「花奈ちゃんってさ、たまにめっちゃ年寄りくさいこというよね」

「え?!」

「いや、冗談だけどさ。でも浮世離れっつーの? 変な場違い感あるよね」

「え、えぇ、そんなこと言われてもなぁ」

「つっても、花奈ちゃんは花奈ちゃんだからいいんだけどさ!」


 たまに檸檬さんの直感が怖いときがある。

 それがまさしく今のタイミングだったわけだけど。


「ま、せっかくだし楽しもーじゃん! 例えTSカフェだったとしても」

「え? ……あー」


 二十一対二十。票の数は綺麗に割れているものの、わずかにTSカフェへと票が入っていた。

 あれ、わたし執事メイドカフェにしようって票入れたんだけど。あれ?


「はぁ……。じゃあ今年のクラスの出し物はTSカフェにしまーす」


 まぁ、男子諸君らに南無。祈りをささげるとしよう。

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