第34話:嫉妬と肌色渦巻くキングダム

 無料送迎バスに揺られてだいたい一時間。

 いつの間にか時を刻んでいた頭は終焉を告げた。

 そう、目的地への到着だった。


「ふあぁ……。着いたの?」

「みたいだねー! いやー、マジサトナカキングダムでけーわ」


 ここ、サトナカキングダムはリゾートホテルも兼任した大型レジャー施設だ。

 巨大なプールに温泉、それからバイキング。

 宿泊施設もあるっていうんだから、びっくりしてしまう。


「あんがとね、あたし誘ってくれてさ!」

「いいんだよ、檸檬さんだし!」

「ホント、そういうとこだと思うよ」

「何が?」


 くいくいと檸檬さんが指を差す方向には、幸芽ちゃんがいた。

 追加。幸芽ちゃんが半開きにした瞳をわたしに向けて、殺意を込めていた。

 そしてその後ろでは涼介さんが幸芽ちゃんを見ながら、天に祈っている。

 な、なんだこの状況。


「行っといでよ。これ以上あたしが睨まれるなんて怖くてしんどいし」

「あ、あはは。ありがとね!」


 檸檬さんのそばを離れて、幸芽ちゃんの元へと向かう。

 そのジト目はゆっくりと鋭いいつもの瞳に戻っていた。なんという変わり身。


「幸芽ちゃん、バスで寝てた?」

「いえ、ずっと外見てたので」

「なんか途中からほとんど畑ばっかで眠くなっちゃったんだよね」

「そういうとこ、無頓着そうですもんね」


 そうともいうかもしれない。

 正直な話、幸芽ちゃん以外に興味があることってなると、あんまりないし。

 強いて言えば料理とか。でもまぁ、チャレンジするとだいたいの確率で焦げるし。


「むしろ、わたし何に興味があると思う?」

「それ本人の前で聞きますか」

「聞いちゃうんだよねー、これが」


 幸芽ちゃんの手に触れながら、わたしは聞いてみた。

 理由なんてその場の流れでしかないけど、なんとなくわたしへの印象を聞いてみたかったのだ。

 複雑な乙女心を許してほしい。御年二十六歳だけど。


「私以外にあります?」

「お、自己申告制ですか!」

「そうじゃありません! 姉さん、家でなにしてるか分かりませんもん」

「なにしてると思う?」

「ボーっとしてるぐらいだと思います」


 正解だ。

 基本的にやることがないから勉強した後はボーっと天井を見つめている。

 我ながら虚無みたいな時間の過ごし方だが、趣味がないとこういうことになってしまうのだ。


「わたしって、昔は何やってたんだっけ」

「なに言ってるんですか。元々記憶喪失って設定……」

「え?」

「……あっ」


 ……え、わたしのこれが設定ってもしかして気付かれてたの?!

 いや、今は深く聞き出さないほうがいいかな。

 でも気になる。いつ気付いたかーとか。

 さすがに周りに涼介さんと檸檬さんがいる。これ以上は混乱になりかねない。

 けど、どうやって誤魔化すかが一向に出てこないのも問題だった。


「えっ、と……」


 またあとで。そんなことを口に出そうとした瞬間だった。

 幸芽ちゃんは静かに口元に一本人差し指を立てる。しー、と周りの音を消すときに使う仕草だ。


「言いませんよ。私だって整理がついてないんですから」

「あ、あはは。えっと。わたし記憶喪失です」

「姉さんはあくまでそれを突き通してくださいね」


 ――でも。

 幸芽ちゃんはそういうと口元を静かに上にゆがめる。


「いつか教えてください。あなたが誰なのか。そして、姉さんはどこに行ったのか」

「……うん。それまでは、二人だけの秘密」

「なんか、イケナイことしてる感じ」

「な、なんでそういうこと言うんですか!」


 そんな照れが入った幸芽ちゃんのかわいらしさに狂喜乱舞する。

 かわいいなー、幸芽ちゃんは。


「なにやってんだ、行くぞー?」

「はい、分かりました! 姉さん、行きますよ!」

「えへへ、うん!」


 受付を通って、さっそくプールの更衣室へ。

 さて、花奈さんが選んだ水着を早速着てみよう。

 何も考えずに自分の服を、下着をどんどん脱いでいく。


「……ぅわあぉ」

「檸檬さん、何か言った?」

「いや、花奈ちゃんって相変わらずスタイルいいなーって」

「花奈さんだからね」

「皮肉いなぁおい」


 そういう檸檬さんだって、スタイルがいい。

 俗に言うちゃんと絞って、計算したフォルムというか、自分の研鑽を重ねた結果だろう。

 出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。

 あ、ちょっと腹筋の筋が出てる。


「ねね、檸檬さんのお腹触ってもいい?」

「割れてないけどねー」

「割れてないからいいんだよ。でも一本線が入ってて、すごくいい……」

「ひゃいっ! ちょ、くすぐったいってばー!」


 下着姿のギャルと全裸の女がお腹を触っている。

 なんというか、多分はた目から見たら異常な光景なんだろうな、とは思う。

 けどすごいなこれ。やっぱ鍛えると違うんだ。


「あっ。っべ、やりすぎた」

「なんかあった?」

「彼女のご機嫌取りもむずかしーってことよ」

「へ?」


 ここにきて二度目の指差し。

 分かってた。嫉妬している幸芽ちゃんが、タオルで自分の身体を隠しながらこちらをにらんでいる。


「姉さん、はしたないです」

「あ、あはは、ちょっとヒートアップしてしまいしてですね」

「早く着てください」

「はい……」


 水着へと着替えていく。

 どうやら体系自体は変わっていないらしく、すんなり着ることができた。

 ……でもちょっとおへそ周りに肉が乗っているような。


 気のせい。見たくありません!

 ちょっと食べすぎだとは思うけど、いいです。わたしはふとらないからだってことにしますし!


「幸芽ちゃんは着替えたの?」

「……ま、まぁ」

「見せてくれないの?」

「……あとでなら」

「やった!」


 先に行ってください、という言葉と共にわたしはプールサイドへと歩いていくのだった。

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