第33話:気づき。気になるあの子の正体

「やっぱり、人が変わったみたい、ですよねぇ」


 記憶を失う前。おおよそ数か月前の写真を引っ張り出してきて眺める。

 以前の姉さんは清楚でおとなしく、まさしく大和撫子。

 そんな人が、何があったのかってぐらい人が変わった。

 きっかけは恐らくあのサッカーボール。

 記憶を失った後から、姉さんは姉さんではなくなった。


「元気で、人懐っこい姉さん、か」


 スマホに写し出された姉さんの百面相を見ながら、物思いに耽る。


「人が変わった、か」


 比喩表現ではなく、そのままの意味で。

 でも見た目は変わっていない。

 あの憎らしいほど大きな胸と身長。嫌でも目に入ってくるし、憧れてもいる。

 私の憧れで、今は私のもの。


「私の、ものねぇ」


 姉さんの二度目の告白。

 その中で私は自分の心に気づかされた。

 自分のためではなく、私のために動いていたという事実に私は安心していた。

 何故か、なんて分からない私じゃない。少なくとも、今は。


「本当に、私はどうしちゃったんだろ」


 隠し撮りしていた姉さんのふやけた笑顔を見て、思わず私も笑う。

 今は誰もいないし、いいよね。


「姉さんも変わったのなら、私も……」


 どうかしてしまった。

 誰のせいで? 分かってる。姉さんのせいで。

 言いたい気持ちはある。心のシコリが自分の言葉で、口でその愛を伝えたくて蠢いている。


「言いたくない。なんか、負けた気がする」


 私の最後のプライドが、そんなことを口走る。

 相手が兄さんだったとしても、多分それは変わらない気がする。


「姉さんのバカ」


 虚空に消えた言葉は、照れ隠しか。それとも事実か。

 あー、もう。なんか気が狂う。

 姉さんが姉さんだから私の心が乱されてしまうんだ。

 以前までの姉さんだったらこんなことなかった。


「……人が変わったように」


 その時、妙な考えが私の中によぎった。


「姉さんが、もしも姉さんじゃなかったら」


 それは今まで考えていたものの、馬鹿らしいと思って、本格的に考えることをやめていたワード。

 なんでそんな非科学的なことを考えたんだろうか。

 だいたい普通に考えて、人になりきるなんてことはできない。

 例えば前の姉さんだった人はどうなってしまうんだろうか。


「……調べてみちゃおうかな」


 悪い事のように感じながら、私は検索エンジンで調べてみる。

 だがそこにあるのはだいたいメンタル系の病の話だけで、特にそれらしい情報はなかった。


「そりゃそっか」


 スマホを置いて、しばらく考える。

 二重人格だった、なんて話は聞いたことないし、それに準ずる病の話も特に耳にしていない。

 じゃあ、いったいなんだというのか。


『ずっと前にね、幸芽ちゃんが言ってくれたの。よく頑張ったねって。その時、いっぱい頑張りすぎて疲れちゃったわたしのことを癒やしてくれたのは、他でもない幸芽ちゃんなんだ』


 以前から考えていたこの理由。

 ずっと前っていつだろう。私は姉さんにそんなことを口にした覚えはない。

 むしろ昔は姉さんが私に口にするような立場だったのを覚えている。


 それに、これでは記憶がないという事実を、ある種否定しているかのようにも見える。

 記憶がないのに、ずっと前の記憶がある。

 じゃあ姉さんの記憶がないって話は嘘になる?


「姉さんは、やっぱり何か隠し事をしている」


 それは私を好きという、本当の理由が含まれている気がして。


 性格が変わった。

 記憶を実は持っている。

 そしてそれを隠している。


 人が変わったように。


 その言葉がおそらく正解なのだろう。

 いやでも、本当にそんなことがありえるの?

 分からない。分からないけれど、それがもし正しいのだとしたら。


「……姉さんは、いったい誰なんですか?」


 分からない予感は大抵命中する。

 だけど、それでだけでは導き出せない最終解答が目の前にある。

 これを隠しておくべきなのはわかる。

 だとしたら。姉さんは誰で、本当の姉さんはどこに行ってしまったのだろうか。


 でも、これだけは言える。


「私が好きなのは、兄さんでも、清木花奈でもなくって」


 その隠されたダアトが私の本命。

 私の心を奪っていった、憎らしい相手。


「たとえ姉さんが姉さんではなくても。私が……」


 私が好きなのは他の誰でもない。

 名前を知らないし、本当に誰なのかも分からない。

 それどころか、ひょっとしたら姉さんの仇になる存在かもしれない。

 だけど。それでも。


「私のことが好きってことと、この笑顔だけは、本物ですよね」


 天真爛漫だけど、少し引いたところから見ていたり、嘘が上手だけど、ちょっと癖があったり。

 そんな大人びたあなたが、私は好きです。絶対に言葉にはできないけれど。


 ◇


「あーあ、気付いちゃったか―。まー、そろそろ潮時だと思ったけど」


 幼馴染に妹みたいな存在。

 加えて二度目の告白の時につぶやいてしまったその言葉。

 そりゃ入れ替わりに気付かない方が無理があるよね。涼介くんは気付いてないみたいだけど。

 ブラウン管テレビをこたつの中から見て笑う。


「となると、こりゃあの子と幸芽ちゃんとの我慢対決かなー」


 コップに入れたコーラをグイっと一飲み。

 くぅー、全身に甘さと炭酸の刺激が染み渡る―!


「ま、せいぜい楽しませてもらうよ。あの子と幸芽ちゃんの真剣ラブバトル」


 ベッドに向かう幸芽ちゃんを見て、カミサマは笑う。

 いやぁ、ホント。人間って面白いなぁ。

 いろんなことを企んでしまうが、それはカミサマとしての信条で否定する。


「やっぱり人間は人間同士で矛盾しあうべきだ。心と言葉や態度、その真逆な想いにゾクゾクしてしまうね」


 肩を震わせながら、その身によだつ興奮に胸を打ち震わせる。


「じゃあ一緒に楽しもうか。彼女たちの恋愛の行く先を、さ!」


 ふわりと笑って、テレビの方に目線を向ける。

 夏休みもまだ始まったばかりだ。イベントは、まだまだたくさんあるんだよ?

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