第32話:計画しているときが大抵一番楽しい
「幸芽ちゃんは、何したい?」
「んー……」
夏休み二日目夜。
扇風機のブーンから出ている風を受け止めながら、わたしたちは夏休みの計画を立てていた。
「ここから海、となると結構遠いですよね」
「確か隣町まで行かないと無理そうだな」
たまにはそういうのも悪くはないと思うけれど、少し面倒な感じはする。
インドア的には室内のプールで幸芽ちゃんとイチャつきたい。可能な限り密着して。
照り付ける太陽の下にいると、ヴァンパイアよろしく溶けてしまうのだ。
あとあんまり肌を焼きたくないってのもある。花奈さんの肌、白くて素敵だし。
触ったらぷにっと跳ね返す弾力もまた魅力だ。
「わたしは幸芽ちゃん次第で行っても行かなくても、かな」
とはいえ、わたしは大人だ。
こういうときは大抵自分の意見を押し殺して、恋人のご要望を受け取るのがマナーというものだ。
「……姉さんは、どうしたいんですか?」
「わたし?」
「なんか、乗り気じゃないみたいなので」
「……あはは、そう見えるかな?」
いつもの愛想笑いでこの場を避けようとしているが、幸芽ちゃんの鋭い目つきからは逃れられない。
半目でじとーっとした瞳は、わたしを諦めさせるには十分だった。
「幸芽ちゃん、だんだんわたしの扱い方分かってきてない?」
「いつから一緒にいると思ってるんですか」
「いや、あー。まぁいっか」
わたし自体は記憶なくなった時から変わっているんだけどさ。
まぁそれを言っても……。
「だいたい、もう数か月も一緒にいれば癖は覚えますよ」
「……へ?」
「姉さんが誤魔化そうとしてるときはだいたい目線が上を向くんです」
「マジか?! さすが花奈の彼女だな!」
「そうじゃ……ありますけど、そうじゃないです!」
そっか。もう数か月経ったんだよね。
花奈さんとしてではなく、わたしとして、ね……。
胸からこみ上げてくる恥ずかしさと、愛おしさと。それから今すぐ抱きしめたいって感情と。
あー、ダメダメ! またこれ以上好きになってしまう!
「すごいなぁ、幸芽ちゃんは」
「で、結局姉さんは海は嫌なんですか?」
「まぁ、そうだね」と、しぶしぶ折れる形になる。
理由を述べれば、はぁ。とため息を一つ吐き出された。
「ホント、人が変わったみたいですね」
「昔のお前はもうちょいアウトドア派だったけどな」
「昔は、昔だし」
ひょっとしたら、幸芽ちゃんはもう気付いているのではないだろうか。
そんな妄想すら考えてしまう程度には、的確な感想だった。
確かに人が変わった。まるまんま中身が。
打ち明けてもいいのだろうか。そんなことを考えてしまうぐらいには。
……今度、あのカミサマに会った時にでも言ってもいいか聞いてみようかな。
「そんじゃプールにすっか! となると北口からバスに乗ってサトナカキングダムかな」
「そこってどんな感じのとこ?」
「でっけープールがある」
「わーお」
そんな感じで今後の日程を決めていく。
今週末はさっそくサトナカキングダムという場所へ行くらしい。
そしてお盆の時期には夏祭り。花火もやるというのだから楽しみだ。
ひと夏のアバンチュール。まさしく線香花火みたいな輝き。
わたしは燃えカスみたいなところがあったから、改めて光ることができるのであれば、それに越したことはない。
「楽しもうね」
「そうだな。遊べる夏なんてもう今年しかないから」
「……受験、ですもんね」
そんな寂しそうな顔しないでよ。
目の前に座る幸芽ちゃんの頭に手を置いて、そっと撫でる。
「……別に寂しくなってないですから」
「わたしは寂しいけどな、学校で会えなくなったら」
「……すぐそういうこと言う」
言っちゃうよ。だって幸芽ちゃんなんだもん。
たった一年。いや、数か月生まれるのが違っただけでこんなにも寂しい思いをさせるのだ。
ごめんね。そしてありがとう。寂しいって言ってくれて。
「なんか湿っぽくなっちゃったね。じゃあ夏休みは、遊ぶぞー!」
「おー!」
「…………」
「幸芽ちゃーん?」
「……お、おー…………」
びやぁあああああ、かわいいよぉ!
その瞬間、光を超えた。やっぱり幸芽ちゃん好きー!
と言いながら、わたしはいつの間にか幸芽ちゃんを抱きしめていた。
「な、なにやってるんですか! というかどんな速度ですか!」
「お姉さんは愛のためなら光の速さを超えるんだよ」
「お姉さんこえぇな?!」
「そういう意味じゃないですよー!」
幸芽ちゃんの言葉にならない叫びを聞きつつも、わたしは幸せというものを噛みしめていた。
この瞬間、計画しているこの時こそが、一番夏休みしているかもしれない。
「幸芽ちゃん、楽しい思いで作ろうね」
「……はい」
幸芽ちゃんの頭を頬っぺたすりすりしながら、夏休みへの思いを馳せる。
灰色だった人生は、鮮やかな色に塗り替わっていく。
それもこれも、すべて幸芽ちゃんのおかげだ。
微塵もカミサマのおかげだなんて言わない。絶対だよ。
「そうだ、あとで檸檬さんも呼ばなきゃ」
「え?」
「だってみんなで行った方が楽しいでしょ?」
脇腹を貫く痛み。思わずくの字に曲がってしまった。
え、誰から。ってその答えは一つしかなくて。
「……姉さんのバカ」
「なんで?!」
「なんでもありません!」
思春期の気持ちというものはなんというか、分からない。
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