第17話:彼ら、彼女らの複雑な気持ち

 百合男子。

 それは女の子同士の友情や愛情、その他関係性をこよなく愛する男性の事である。


 曰く、百合漫画をむさぼるようにして口にする。

 曰く、百合小説を本能のまま求め食する。

 曰く、女の子同士の関係性に男なんていらない。


 そういう過激派集団である。


「もぐもぐもぐもぐ」

「コロッケを食べながら喋らないでください!」


 そんな新たな性癖の覚醒に対して、大いなるを歓迎しつつ、幸芽ちゃんがすこし可哀想だなと思ってしまった。

 百合男子とは、カップリングに対して基本介入しないものである。

 例外はあるけど、総じて彼女たちの役に立ちたい。そんな気持ちだけだ。


(どんな気持ちでこの性癖を歓迎しなきゃいけないのだろうか)


 わたしとしては大歓迎。だって彼の気持ちがわたしから、わたしたちへ向くのだから。

 幸芽ちゃん視点としては阻止すべき内容。

 決して実らぬ恋になってしまうのだから。


「もぐもぐもぐもぐ(ふくざつだぁ)」

「だから食べてから喋ってください!」


 コロッケを食べつつ、涼介さんを観察する。

 うん、わたしたちのことをずっと見ながらコロッケを食べている。

 自分の性癖に従おうと思っているのだろうか。


「もぐもぐもぐもぐ(どんな気持ちで見守ればいいのさ)」

「むぅ……」


 あ、むくれた幸芽ちゃんを見て涼介さんが胸を押さえた。なるほど、心に来るタイプか。

 これはオーバーリアクションも期待できる。いい百合男子に目覚めそうだ。

 コロッケをもぐもぐ食べ終わり、もう一つ手に取ろうとしたその時だった。


「……姉さん。私のこと、好きなんですよね?」

「へ? う、うん。そうだけど」

「ずっと兄さんのことばっか見て。兄さんに色目使ってるんですか?」

「え?!」


 コロッケに伸びた手を掴まれ、幸芽ちゃんに問い詰められる。

 あ、なんかこれいい。……じゃなくって!


「幸芽ちゃん、実はわたしに気があったりするの?」

「そんなわけないです。……ですが」

「が?」


 通い合っていた目線が少し外れる。

 彼女は何かを言いたくなさそうに見えた。


「いいよ、別に言わなくて。涼介さんのことは狙ってないし」

「……信じられるわけ、ないじゃないですか」

「だよねー」


 記憶を失う前、わたしという意識が花奈さんを乗っ取る前のことは知らない。

 だが幸芽ちゃんの態度から考えるに、おそらく花奈さんは涼介さんのことが好きだった。

 ギャルゲーなんだから、というメタ視点を除いても、幸芽ちゃんの妙な敵対意識は間違いなくそれだ。

 わたしの秘密、教えてあげられれば、どんなに楽だろうか。


「でも、わたしが一番好きなのは他でもない幸芽ちゃんなんだ。それだけは信じてほしい」

「……だったら」

「ん?」


 彼女は口を開いて、閉じた。

 何を言おうとしたのかは分からない。それでも、話の流れのニュアンスとしては分かる気がする。

 わたしの想像しているとおりの内容であればの仮定だから、本音は分からないけれど。


「コロッケ食べる?」

「お夕飯、入らなくなってもいいんですか?」

「それは困る!」


 わたしはコロッケをそのまま袋の中に入れて、座っていた身体を立ち上がらせる。


「じゃあ残りは三人でお出かけだー!」

「私もですか?!」

「幸芽ちゃん一人で買い物なんて、お姉さん不安でほっとけません!」

「一人で買い物ぐらいできます!」

「そんなこと言っちゃって! このこの~!」

「頬っぺたぐりぐりしないでください!」


 ほら心臓押さえた。こう見てたら涼介さん、おもしれぇ男なんだよなぁ。


「涼介さんも行くよ!」

「兄さんは荷物持ちで」

「なんでだよ!」


 あはは、と商店街の喧騒に笑い声が消えていく。

 宣言通り、お夕飯までの時間は三人でいろんなところを巡った。

 とはいってもデパートの地下で食品買ったり、日用品買ったり。

 そんなでもなんだかんだ三人での買い物は楽しかった。


「……眠いかも」

「もうしばらくの辛抱ですよ」

「ふあぁ……」

「はしゃぎすぎなんだよ、ったく」


 撫でるような声で、彼女らはウトウト気味のわたしを見る。

 見世物じゃないんですよ、まったく。

 はしゃぎすぎたのは大抵幸芽ちゃんのせい。だからわたしを介護するのも幸芽ちゃんだと思うんだ。

 彼女の肩にわたしはもたれかかる。


「……これじゃあ帰れませんよ」

「しょうがない。荷物は俺が持って帰るから、幸芽は花奈をなんとかしてくれ」

「なんとかって?」

「なんとか」


 んな曖昧な。でもわたしとしては大賛成。


「ありがとね……」

「こんぐらい、別に問題ないって」


 強がりを。でも嬉しい気遣いだ。

 電車の音とそれに伴う風を受けながら、わたしは幸芽ちゃんの肩の上で目を閉じる。


「……どうして、私は」


 そんな声は通り過ぎる電車の音でかき消される。

 強い風はしばらくしたら消えるけど、その想いは簡単には消えない。


(ごめんね、幸芽ちゃん)


 本当のことを言えない苦しみと、それから勝手に涼介さんとデートしてしまったことへの謝罪と。

 こんなに近くにいるのに、まだまだわたしと幸芽ちゃんの距離は遠いんだね。

 小さく息をこぼして、わたしは疲れに身を任せるのであった。

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