第18話:芽生えた心を、あなたはなんと呼びますか?
それは本当に偶然だった。
花奈姉さんと、涼介兄さんが一緒に外に出かけるところを見たのは。
「……お出かけ、にしてはちょっと服が凝りすぎているというか。……デート?」
薄いピンク色のワンピースと肩掛けカバン。
夏だからという理由を含めたとしても、その見た目は清楚すぎるし、少し危なっかしくも思えた。
そんな彼女と、私が大好きな兄さんとのお出かけ。
「……嘘つき」
私が好きだったんじゃないの?
変な欲求がふつふつと湧いてくる。
分からない。分からないけれど、今の状況は私の兄さんを取られてしまいそうで怖かった。
着替えが面倒な心なんてとうに忘れて、マッハで支度を済ませる。
この時間なら、まだ電車は来ないと頭の中で計算に入れながら。
「気になるだけですし。兄さんの泥棒猫を見張るだけですし」
そんな風に私の周りを理論武装で固める。
だってそうでしょう。私の好きな人が私の恋人とデートするんだから。
不服極まりない。あの時、嘘はついてなかったはずだ。
でも実際にあるのは、ハンカチで彼の顔を拭う姿。
「……やっぱり、兄さん狙いだったんじゃん」
あの時、確かに嘘はついてなかったはずなのに。
じゃあ私への告白はなんだったの?
複雑っていうか、グツグツ煮えているっていうか。分からない。分かんない。姉さんも、私自身も。
「さっきから、イライラする……」
電車で二人並んで座っている。たった。たったそれだけのことが、何故か許せない。
何故? そんなこと分かってる。あの女が私の兄さんの隣にいることだ。
でもそれだけじゃない。グツグツで、グズグズで。わけも分からない感覚を一生懸命拭おうとしても、全然振り切ることができない。
結局スニーキングするような形で、姉さんたちの後ろを追う。
ちゃんとマスクとサングラスで変装だってしている。大丈夫、バレたりしない。
頭の中は、姉さんのことでいっぱい。
だってどうすればいいか分からないんだもん。
姉さんのことは姉のように慕っているものの、それはそれとして恋のライバルだったはずなんだ。
はずだったのに、記憶を失ってから変わってしまった。人が変わったように、世界が変わってしまったように。
「結局、なんでだったんですか」
たった一日の出来事だ。そんなので好きになるなんて、吊り橋効果もいいところ。
その内、ふっと忘れてしまう。そんな曖昧な愛情だ。
今も、兄さんがよく行くお店へと姿を隠す。
やっぱり、私よりも、兄さんのほうが……。って、なんでちょっとガッカリしてるの私。
「イケない。ちゃんと見なきゃ」
それにあんな店員に弱い姉さんなんて見たことない。
姉さんはもっと要領がいい。軽く流して、試着室で気に入ったのを購入する。
だから、今の姉さんは違和感しかない。
「やっぱり記憶喪失だから?」
記憶喪失とはすべての記憶を失うことは稀だと聞いたことがある。
十数年消えるのであれば人格が変わるとも聞くが、どちらにせよ、あんなボールをぶつけただけで記憶が全部消えるとは思えない。
何か人為的なものを感じてしまうけれど、それを理由づけるには超常的すぎる。
非現実的ではない。だから分からない、どうして姉さんの性格が変わってしまったのか。
「兄さん、気付いてるのかな」
多分あの様子では考えてもいない。そういうこともあるか、というぐらいには。
記憶喪失の前と後では、言ってる内容に差はあれど、大して性格に変わりがない。
だからこういう些細なことはスルーされてしまうけれど、私の目は誤魔化せない。
「……って、あれ?」
姉さんが試着室から出てこない。
何か嫌な予感がする。私はその予感に従って店内に侵入を試みる。
分からないけど、胸の奥のシコリに従うと、兄さんにそこから先に踏み入らせてはいけないと激しくレッドアラートを響かせていた。
「とりゃっ!」
「痛っ!」
チカラいっぱいはたいてから、その場を離脱する。
なんとか兄さんの試着室侵入を阻止することができて一安心。
「よかった。姉さんが見られなくて」
……あれ? なんで今、姉さんが見られなくて、って言ったんだろう。
おかしくない? だって普通は裸の姉さんを兄さんが見なくてという『兄さん』を主体にした考え方だ。
でも今、私は姉さんが見られなくてホッとしてる……?
「……ありえない」
だからふっと頭によぎったワードはそのままごみ箱に捨てる。
ありえないよ。だって、私が姉さんの心配をしてたとか。
そんなの、まるで姉さんが好きみたいで、嫌だもん。
「そうだよ。仮にも私の恋人さんが姉さんなんだよ? 一応見られたくないに決まってる」
私が好きか嫌いかはさておくとして、姉さんは私の恋人だ。
だからそんな彼女が、私のいないところで変な目に合うのは許されない。
本当にそう思ってる? 本当は、兄さんが。いや、姉さんが。いや――。
「……考えるのやめた。お肉買って帰ろ」
もう疲れた。二人のバカ。とつぶやいてからお店を去る。
いくら考えたって、どっちに嫉妬してるんだか分からないよ。
そんなことを考えながら、私はお肉屋さんへと向かうのだった。
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