第19話:彼女が気になって夜も眠れません!

 どうして。という考えをメッセージアプリから読み取る。

 『今度の休日、遊びに行こ!』

 というたった一行の文章なのに。私はどうしてこうも頭を悩ませるのか。


「今度は私ですか」


 理由は簡単。だってあの浮気相手からのお誘いメールだったからだ。

 私は机にスマホを置いてから、ゆっくりとソファーに身体を埋もれさせる。

 お風呂上がりで気分がよかったのに、これでダダ下がりだ。


(結局、私はどっちに嫉妬をしているんだか)


 姉さんにならまだ分かる。兄さんに取られたくない思いで必死だから。

 兄さんかもしれない、という事実に私は頭を抱えたくなったのは他でもない。

 そんなんじゃ、まるで。まるで……。


「なぁ、女同士が仲良くなるって不思議なことじゃないよな」

「ふえっ?!」


 突如、兄さんの前触れがない変な言葉が襲い掛かる。

 何事。そう思って振り向けば、彼はとても真剣なまなざしでスマホを見つめていた。


「分からないんだ。花奈と幸芽が仲良くしてるだけのなのに、こんなに心がざわつくなんて」

「……兄さん、何言ってるんですか?」

「いや。お前の兄さん、ここ最近よく分からなくなってさ」


 よく分からないのはこっちだよ。

 突然前髪を切ったと思ったら、さっぱりとした普通の男子高校生みたいな見た目になって。

 今のほうがかなり素敵だとは思うが、それはそれとして謎の心変わりが恐ろしく感じてしまった。


「試しに検索をかけてみたら、そういう小説? みたいなのが見つかったんだ」

「へ、へー」

「分野としてはガールズラブって言うらしくてな」


 兄さん、それ結構私の前で言わないほうがいいと思いますよ。

 だって私が実際に付き合ってるのって、姉さんなわけでして。

 実は知ってたりする? あの鈍感な兄さんが? ありえないけど、絶対とは言えない。

 だからとりあえずちらーっと聞いてみる。


「兄さん、私たちがガールズラブしてるとか思ってるんですか?」

「んなわけないだろ。お前らのはラブじゃなくてライクだと思うしな」


 よかった、兄さんが鈍感で。

 普段は残念がる鈍感さ加減だけど、今だけは兄に感謝しなくてはならない。

 ありがとう兄さん。できれば私の気持ちを察してほしいです。


「まぁ、ラブでも俺はいいかなと思い始めてるけど」

「……熱でもあるんですか」

「いやいや、そういうのじゃないんだよ」


 だったらどういうのなんですか。

 ガールズラブにお熱なのは変わらないと思うし、なんだったら拗らせたオタクみたいなことを言っている。

 兄さんが好きだったのって姉さんじゃないんですか。


「ただ、俺より幸芽のほうが花奈を幸せにできるんじゃないかって」

「本当に。いや、本当になに言ってるんですか」


 それはよくわかる。

 そう彼は言うけど、さらに言葉は続くらしい。


「だがな。胸の奥に眠る何かが、こう……なんというか。あるだろ、興奮するみたいなの」

「……つまり、兄さんは私たちで興奮してると?」

「そういうのじゃないんだけど、なんか……。なんて言えばいいんだろうな、これ」


 そんなこと言われたって、私にも分かんないですよ!

 わけがわからない情動の電波を受け取った兄さんは、どうやら宇宙人になってしまったのだろう。

 確かに私の知り合いにも女の子同士で付き合ってるー、みたいな人はいるのだけど。だからって私と姉さんがそういう関係になるとか、絶対あり得ないですし。


 ――本当に?


 いやいや、本当ですよ本当。

 私が好きなのは兄さんなんですから。


「へー、こういうのを百合って言うのか」


 私が好きな兄さんが、どうしてかこうなってしまったのか。

 それもこれも姉さんのせいだ。姉さんが記憶喪失にならなければ!


(ってやつあたりしても意味ないか)


 思えばそこから歯車が狂い始めていた。

 あのボールがなければ。姉さんが超人的な速度で避けていれば。

 あり得るはずもないイフを並べて、捨て去る。


「はぁ……、早く寝よ」


 夜の間ずっと姉さんのことを考えていたけれど、先ほど来たメッセージの返答はまだ見つかっていない。

 どうしようかな。断りたいけど、姉さんの真意も知りたいし。

 あー、どうにかなりそうだ。って気持ちがループループする。

 後半はずっと羊を数えて、そして翌朝がやってきた。


「ふあぁ……」

「眠そうだな」

「まぁ。あはは」


 寝れなかった。姉さんのことが、昨晩のメールが気になって夜も眠れない。

 うぅううううう!!! 姉さんのせいで私の私生活までズタボロですよ!


「おはよー! 今日の朝ご飯なに?」

「……姉さんだけ食パンです」

「わたし、だけ?」

「姉さんだけ」


 こういうのは絶対よくないのだけど、それはそれとしてこの人には復讐したかった。

 なので朝食はトーストした食パンではなく、生食。

 袋から取り出したまんまの角食をお皿において、そのまま渡す。

 なんという嫌な女か、私は。


「ジャム塗っていい?」

「はい、イチゴジャム」

「ありがと! わたしの好み知ってるねぇ!」


 別にそんなものでしょう。毎朝食パンには必ずイチゴジャムを付けていれば、誰だってわかる。

 ビンを渡して、私も朝ご飯を食べ始める。

 が、そうは問屋が卸さないのが花奈姉さんだ。


「ビンの蓋が開かない……」


 なんですか。そんなにこっちを見ても何もしてあげませんからね。

 数秒見つめあって、仕方ないな。とため息を吐き出す。

 キッチンからゴム手袋を持ってきて、ビンの蓋に巻き付けてひねる。

 これはお母さんから習った豆知識。ゴムで開けれるらしいので、開かないときは大抵こうしていた。


「おぉ、開いた! ありがと、幸芽ちゃん!」

「分かりましたから、早く食べてください」


 まったく、世話の焼ける姉さんだこと。

 パタパタとキッチンとダイニングを往復し、再度トーストを口に運ぶ。


「……やっぱりお似合いじゃねぇか」

「なにか言った?」

「お似合いだって思ってな!」

「兄さん……っ!」


 今のおせっかいのどこがお似合いだっていうのやら。

 私がいつもやってることでしょうに。

 テレビから今日の天気が晴れであることを確認しつつ、太陽のように赤面した姉さんにもう一つため息。

 なんですか。そんな風にされたら、私だってわずかに照れてしまうじゃないですか、まったく。

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