第20話:時を刻む絆時計
「今日はありがとね、幸芽ちゃん!」
「……別に。ちょうど街に出る用事があっただけです」
またまたぁ、素直じゃないなぁ、幸芽ちゃんは。
誘ってから数日。意外にも彼女のほうからOKの連絡がやってきた。
心胸躍るわたし。高鳴る胸をぎゅっとこらえて、わたしはデートの計画を立てていた。
「わたしさ、行きたかったところあったんだ」
「どこですか?」
「んー、ひみつ!」
にっこりと笑って誤魔化す。
昔から、それこそ生前から気になっていた場所があった。
そこは三大ガッカリ名所だとか、周りの景観がすべてを台無しにしているだとか、そんなのばかりだけど、魅力はあって。
「とりあえずご飯食べよ! ニックでいい?」
「たまには食べたい気分でしたし、いいですよ」
「やった!」
軽くジャンプしながら、両腕でガッツポーズを小さく作る。
そうだ。物は試しだ。ちょっと自分たちが恋人であることをちらつかせながら、こういうお願いをしてみよう。
「ね、幸芽ちゃん」
「今度はなんですか?」
「……手、つないでもいい?」
瞬間、幸芽ちゃんの動作が止まる。
やっぱりダメだったかな。不安で文字通り心臓を動かす。
大丈夫。わたしは大丈夫。ちょっと傷ついても、そこは大人なわけですし。
首元に手を置いて、あははと曖昧に笑う。
だが、彼女の返答はわたしの想像していたものとは違っていた。
「……いいですよ」
「へ?」
「私も、確かめたいことがありましたし」
「そう、なんだ。そうなんだ。そうなんだ!」
「だいたい、いつも抱き着いてきてるんですから、慣れっこです」
「そうかなぁ。えへへ」
わたしからしたら、幸芽ちゃんが結構嫌そうに見えていたんだけど。
で、でも嬉しい。幸芽ちゃんからそういうこと言ってくれるの、すっごく!
「つながないんですか?」
「ありがとね、幸芽ちゃん」
今は真夏だからか、手のひらが少し汗ばんでいる。
だけど汗自体はさらさらと、脂っこくない爽やかな触り心地をしていて。
なんだろう。美少女ゲーム特有の何かだろうか。それにしてもこの子本当に肌がすべすべしてる。
モチ肌の触感。見た目相応に、肌も見た目同様にやや幼くふっくらしていた。
要するに、触ってて気持ちいい!
「癖になりそう」
「なにがですか?」
「幸芽ちゃんに」
「警察呼んでいいですか」
「いやですー! そんなこと言ったら、幸芽ちゃんだって可愛すぎる罪でわたしに永久就職ですー!」
「うわ」
いや分かってる。さすがに今のは自分でも気持ち悪いって思ったわ。
軽く謝罪を入れて、ドン引きする幸芽ちゃんの頬っぺたをくにくにする。たのしい。
ニックにも行って、お腹いっぱいとなった私たちが次に行き場所。
それはといえば、先ほどの行きたかった場所だ。
「時計台ですか」
「そうそう。昔から来てみたかったんだよねー」
当然のごとく、地元民がいかない場所トップテンぐらいに入る観光名所。
けどわたしにとっては、今が修学旅行の延長線上にいるイメージなのである。
この場所も、わたしからしてみれば素敵なデートスポットだ。
「ここって中はこんなだったんですね」
「幸芽ちゃんも来たことなかったんだ」
「まぁ歴史なんてあまり使わないですからね」
それは分かる。
歴史を知れば常識と人の動き方が分かる。
でもそれだけと一蹴してしまえば、そのとおりだ。
半ば歴史の博物館となっている時計台の中を見ていく。
「幸芽ちゃん、歴史好き?」
「嫌いではないです」
「わたしは苦手だったなぁ。覚えることいっぱいだし」
「……なんで過去形なんですか」
「え? ……あっ」
まるですでに経過してきたかのような言いぐさだったけど、思い出した。
わたしは今が学生だ。だったとか、知ってきたような言葉遣いをするべきではない。
「あ、えっと……。ほら! 一年の頃! 一年の時はすっごく大変だったなーって!」
「記憶ないですよね」
「うぐっ!」
墓穴を掘ったのは、わたしでした。
正体看破RTAに対して、明らかなガバプレイング。
正直しんどかった。やってしまったと感じてしまった。嫌だなぁ、正体ばれるのとか。なんて言われるか分かったもんじゃない。
「怪しいのは確かですけど、姉さんは姉さんってことにしておきます」
「それって天然って言いたいの?!」
「違うんですか?」
「違います―! わたし賢いですー!」
実際かしこめだけど、それ以上のアホだってのは知ってる。
頭のいいアホを演じているに過ぎない。そう、あんまりかしこく見られたくないから!
「でもなんか変な感じだね、内側から時計の音が聞こえるのって」
「話そらしましたね」
「違うよー! 時計台っていうからには、やっぱり時計の音がするだねって」
「……二階あるみたいですよ。行ってみますか?」
あるんだ、そういうところ。
わたしは誘われるがまま、二階へと歩を早める。
階段を上り切れば、教会のように無数の長椅子と、真ん中にある大きな歯車。
カチ、カチ。と一秒ごとに時を刻む時計台の音色は、心を休ませる。
「なんか、いいね」
「えぇ。初めてですが気に入りました」
秒針の音。たまに聞こえる長針の動く声。歯車が刻む時を、わたしたちはいま噛みしめている。
「なんか眠たくなっちゃいそう」
「起こす側の気持ちにもなってくださいよ」
「幸芽ちゃんだから安心してできるの!」
多分涼介さんじゃダメだ。幸芽ちゃんじゃないと、嫌だ。
壁に寄りかかりながら、まるでゆりかごに乗ったように時を刻む時計。
こくりこくりと、わたしの頭も時を刻み始める。
「そういうことにしておきます」
「だから……。ふあぁ。寝るね」
「また起きた頃にでも会いましょう」
上手いこと言った、みたいな声色に内心笑みを浮かべながら、わたしはまどろみの海に飛び込むのであった。
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