第21話:杞憂と愛情の狭間で

 私は知っている。

 真実っていうのは基本的に残酷なものであることを。

 隣で時計の音と一緒に規則正しい寝息を立てる姉のような存在だとしても。


 あの日の、兄さんとデートしていた日のことを思い出して、表情が暗くなる。

 好きだって言ってくれたのは、嘘だったんですか?

 なんで兄さんと一緒にいたんですか?


「なんで、私……」


 私は兄さんが好きだ。

 でも今思い返している内容は、全部全部姉さんのこと。

 あれだけ好き好きムーブを繰り出しておいて、やっぱり兄さん狙いだったんだっていう失望。

 絶対そんなことないって、何故か私の中で湧き上がる否定。

 姉さんのバカ。って罵りたくなる気持ち。


 その全てが、私にとって未知の感情で。


「私は……」


 隣で眠る少女に聞けばいい。

 「私と兄さん、どっちが好きなんですか?」って。

 でも言えるわけないよ。そんなの、面倒くさい女のそれすぎて。


「どうしちゃったんだろう、私」


 私はおかしくなってしまった。

 記憶を失ってからの姉さんは、私にべったりだ。

 鬱陶しく思うことはあれど、悪い気持ちはしない。好かれているって分かってるから。


 なおさらなんだ。兄さんとのデート。

 あれだけがどうにも引っかかって、頭から離れてくれない。


「姉さん。あなたは私の彼女さんなんですよね?」


 決して届かぬことのない欲望垂れ流しの源泉。

 嫉妬深い女かもしれない。アレも欲しくてコレも欲しくて。

 私は、本当は兄さんのことが好きなはずなのに。


「だったら……」


 口に出せたら、きっと簡単だ。

 でも、言葉にしてしまったら後戻りはできない。

 今までの私を、全て否定してしまう。

 それは、できない。


「ん……ゆき、めちゃん……」


 ピクリと肩を揺らす。

 今、私のこと呼びましたか?


 幸せそう眠って動かない彼女を見て、寝言だったのかと気づくのに数秒かかった。

 この人は、本当に……。


「どれだけ、私の心を乱せばいいんですか」


 寄りかかってきた頭を恨みを込めて、思いっきり攻撃する。

 ゴンッという思いの外ダメージの入った音とともに、姉さんがその目を見開く。


「えっ?! なになに?!!」

「頭打ったんじゃないですか?」

「え? あ。あー。おはよ」

「おはようございます。まだ時間がありますし、歩いて帰りませんか?」


 目覚ましも込めて。

 だいたいここから家までは1時間かかるかからないか程度だ。

 夏の暑い日だけど、日も落ちてきたし、多少は楽になるはず。


「うん。でも、幸芽ちゃんからそんなお誘いするなんて、珍しいね」

「気まぐれです」


 そういうことにしておく。

 本当は兄さんとのデートを問い詰めるつもりだ。


「でも嬉しいからいっか!」

「それはようございましたね」


 夏に咲くヒマワリのような笑顔が私に向けられる。

 こんな人が、私以外の人とデート……。いやいや、なに考えてるんですか私は。


「行かないの?」

「あっ。行きますよ」


 まったく、人の気も知らないで。

 時計台を出て、ビル群を、公園を抜けて帰路につく。

 ずっと他愛のない話を永遠続けている。けれど、私の中ではずっとデートのことが引っかかっていて。


 聞き出しても、きっと彼女は「幸芽ちゃんが一番だよ」って言ってくれるはずだ。

 でも、万が一。私よりも兄さんのことが好きって言われたら……。


「幸芽ちゃん?」


 分からない。分からないですよ。私はまだ姉さんを信じきれていない。

 もしもや万が一がないとは限らない。

 それに。姉さんは記憶を失ってから人が変わってたみたいなんだ。


「おーい、幸芽ちゃーん」

「……私は」


 私は最低だ。

 兄さんを除いて、最も姉さんと一緒にいる時間が長いって自負できるのに。

 好きって言われただけでこんなにも人を信じられなくなってしまう。

 私は。私は……。


「幸芽ちゃん!」


 ガシッと両肩を掴まれて、今誰といるかを改めて認識する。

 よりにもよって姉さんがいるときに、なにやってるんだ私……。


「大丈夫?」

「…………」


 うつむいて、少し考え事。

 ひょっとしたら、私が考えていることは杞憂なのかもしれない。

 だけど、もしかしたら、なんてあったら……。


 聞かなければ分からないことがある。

 でも、言わなくてもいいことだって絶対ある。

 どちらを天秤にかけたとき、答えはどっちに傾くのだろうか。


「姉さんは……」


 怖い。裏切られるかもしれない。

 怖くて怖くて怖くて、下唇がふるふると震えてしまう。

 ダメ。吐き出したくない。でも……。


 そんなときだった。フッと重力が前のめりになって、ぽすりと柔らかいものがクッションになったのは。


「……姉さん?」


 両腕は私の背中に回されていて、私の頭は彼女の胸の中。

 心臓の音が、トクン。トクンと脈打つのを感じる。

 抱きしめられている、姉さんに。


「え、えへへ。幸芽ちゃん柔らかいね」


 そんな誤魔化し気味な笑顔をならべたって、真意は誰にも伝わらない。

 けれど、私を励ましてくれているってことぐらいは分かってる。


「わたしのお胸で元気出た?」

「出るわけないじゃないですか、ヘンタイ」

「ヘンッ?!」


 だって、今までそんなことしてこなかったじゃないですか。

 でも、少し安心した。ちゃんと私のことを心配してくれたんだって。

 疑問は確かに絶えない。でも、少し楽になったのは確かだ。


「でも、ちょっとだけここにいたい」

「……いいよ」


 たまには、姉さんに甘えてもいいですよね?

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