第22話:神のお告げ

「やっほ! 呼ばれて飛び出て神様だよー!」

「帰って」


 幸芽ちゃんとのデートの夜。厳密には夢の中。

 瞬く間にかつての夢の出来事を思い出しながら、自称カミサマがケラケラと笑いながら現れる。


「酷いなぁ。もっと崇め奉ってくれても、ええんじゃよ?」

「わたし、邪神には頼らない派の人間なので」

「これだから無宗教の日本人は」


 やれやれと、つまらなさそうに息を吐き出す彼女。

 ため息を吐きたいのはこちらのほうだというのに。

 夢ジャックは基本的に拉致のようなもの。わたしが起きなければ、こうやって永遠に会話できてしまうのだ。


「だいたい、カミサマは命の恩人だよ? 一回死んじゃったんだけどさ!」

「で、用事はなに?」

「しんらつー」

「眠りたいんですー」


 はぁ。とわざとらしく声を上げる。

 なによ。もったいぶられても迷惑なだけなんだけど。


「今日は神様らしく、お告げを言い渡しに来たって感じ」

「人間世界には介入しないんじゃないの?」

「やだなー、あなただけは特別だよ」


 イラァ……。

 前から思っていたけど、この自称カミサマ、いらないことしか言わない。

 できるだけ穏便に関わり合いになりたくないレベルで、ストレスがマッハになってしまう。


「近いうちにイベントスチル的なの発生するよ、ってことぐらいかなー」

「イベントスチル?」

「まぁ要するに大型イベントだよね。対策しないと誰かが悲しむ。そんなタイプの」


 チクリと胸を刺す痛みが響く。

 覚えがある。今日の幸芽ちゃんの態度がそれだ。

 もしかして、誰かが悲しむって、幸芽ちゃんのこと?


「誰がどのルートに行くか、みたいな感じでカミサマうっきうきだよー!」

「悪趣味」

「昼ドラとか好きなんだよねー」


 突然手元にコーラとポップコーンを召喚させたカミサマはソファーに座る。


「当然カミサマは神様だから、人間の考えていることなんて手に取るようにわかるんだけどさ。それはそれとして、その展開がどう動くのか。カミサマはテレビ感覚で、見てて楽しいってわけよ!」

「やっぱり邪神だよ」

「惚れちゃっても、いいんじゃよ?」

「狂信者になるつもりはないよ」


 まぁいいや。などと口に出した彼女は、コーラとポップコーンを空中に振りまく。

 すると、景色は下校時の通学路へと一変する。


「あなたのことだ。きっと答えは変わらないだろうけど、その口次第で結果が変わる。言葉ってのは思った以上にチカラが強いんだ」


 それこそ、運命を変える。そんなレベルで。

 彼女はいつの間にかフォルムチェンジしていた制服を着て、わたしの前に出てくる。


「神様なら事象ぐらい捻じ曲げられるんじゃないの?」

「そりゃそうだよ。でも、それじゃつまらない。自分の思いどおりは面白くない」


 妖艶で、怪しげで、それでいて無邪気で。

 わたしよりも背丈が小さなカミサマは、両手を合わせて、ググっと腕を天に上げる。


「カミサマは言の葉の神様。つまるところ、言葉の可能性で無数に広がる世界を知っている」

「それは自分の娯楽のために、でしょ?」

「もっちー! だから人間は面白い。言葉一つで、すべての関係がなくなってしまうし、逆に関係を近づけることもある」

「何が言いたいの?」


 そこに主体性はなく、ただただわたしを試しているかのような言いぐさに苛立ちを覚えた。

 この神はこれからどんなことが起こるか分かっていながら、それを絶対に口にしない。

 だってそれが面白いと、そう感じているだけなのだから。


「気を付けてね、ってこと。募った爆弾は、予期せぬところで爆発する。そういうこと」


 カミサマが指をパチリと鳴らして、世界を反転させる。

 フェードインしてきたのはいつもの白い部屋。ソファーに座った彼女はにやりと笑って、上を指さした。


「じゃあね。楽しいドラマを待ってるよ」


 悪趣味な。

 口には出さないものの、彼女の顔を睨みつけたわたしは、そのまま意識を浮上させた。


「募った爆弾って、幸芽ちゃんのことだよね」


 確かに昨日、思い悩んでいた節があった。

 だけど、それが何故かは一向に理解することが出来ない。

 多分、彼女は抱え込むタイプの人間だ。わたしの分からないそれが引き金となって、どうにかなる。そう推察することができた。

 でも――。


「わたしの答えは変わらない。わたしが好きなのは」


 たった一人。幸芽ちゃんだけ。

 わたしを救ってくれた彼女のことを救いたい。

 いいや、救うなんて大それたことは言わない。

 彼女が言ったように、ただ、そばにいたいだけ。それだけなんだ。


「でもいつなんだろう」


 それまでに対策って、何をすればいいのやら。

 下校時の時間帯だから、夕方に違いない。ただそれだけ。

 近いうちだけで、分かるわけないでしょうが。


 制服に着替えながら、わたしは思考を重ねていくけれど、やっぱり固まりそうになかった。


「よ、花奈」

「幸芽ちゃんに涼介さん! おはようございます!」


 一番危険度が高いとなると幸芽ちゃんだけど、涼介さんもかなり地雷感がある。

 百合男子となっても、結局わたしを好きなことには変わらないと思うし。

 それでも、意中の相手が推しカプって気持ちが複雑なのはわかる。

 分かるんだけど……。


「どうした?」

「えっ? あはは、なんでもないよ」


 愛想笑いをにじませて、今日もわたしは嘘をつく。

 どんなことが起こるか分からないけど、とにかく考えなくちゃ。

 全員が傷つかないハッピーエンドを目指すべく。

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