第2章 気になるあの娘の気持ちがこぼれ落ちるまで

第13話:付き合いたてって何するか分からーん

 幸芽ちゃんと付き合い始めて、はやくも数日が経過した。

 まったく、かわいいなぁこのこのこの~!

 と、頭をなでるぐらいに関係性が進展したかといえば、まったくそうではなかった。


「一緒に行こ!」

「いいですよ」


「なんか困ってない?」

「大丈夫です」


 やんわりと断られている。

 絶望的なまでの分断の壁が隔てられているのか、幸芽ちゃんと距離を感じてしまうのだ。


「何かしたかなぁ、わたし……」

「何もしてないからなんじゃん?」


 至極その通りである。

 檸檬さんの意見を真っ向から肯定してしまって、わたしの心はボロボロだ。

 何もしてない。確かに何もしていない。

 生前喪女だったし、女性はおろか、男性との交際経験もない。

 要するに、だ。


「だってわたし、誰とも付き合ったことないですもん!」

「草」


 結論は、そこにたどり着くのだ。

 頑張って告白したはいいものの、このあとどうすればいいのか。わたしはそれを知らない。


「どうすればいいと思う、檸檬さぁん!」

「あたしだって知らんし! つーか、なんだよ女の子と付き合うって! マジウケる」

「ウケないでよ! わたしだって女性なら誰でもいいってわけじゃないんだし!」


 幸芽ちゃんだからいいのだ。

 幸芽ちゃん以外だったら願い下げ。バッドサインを送ってさよならバイバイだ。

 多分、こんなところがモテない要素の一つなのだろう。


「まー、フツーはお出かけとか行くよねー」

「……お出かけかぁ」


 要するにデートだ。

 でもさすがは喪女。デートと言っても何をしていいか分からない。

 らしいことは初日にやってくれたし、そもそも幸芽ちゃんが乗ってくれるかどうか。


「どこ行けばいいんだろう……」

「商店街でよくね? あそこめっちゃいろいろあっし」

「……やっぱり下見かな」

「あたしが、行ってあげなくもないけど?」

「ホント?!」


 願ってもないチャンスだ。

 ギャルの檸檬さんなら、絶対ぜったいうまく行くはず!

 その差し出された右手を見なければ。


「アイデア料」

「……飲み物1本でいい?」

「あざーっす!」


 ため息を吐き出してから、カバンから財布を取り出す。

 一応花奈さん自体が意外とお金を持っていたから、なんとかなりそうなのだけど……。

 これは先行投資。これはアイデア料。わたしはそう言い聞かせて、最近覚えた学校の自販機へと向かう。


「さらばワンコイン。あなたのことはしばらく忘れない……」


 おおよそ一分間は忘れない。

 昔からの癖である家計簿を付けつつ、もう一本買っておいたジュースを口にする。


「何してるんだ?」

「あ、涼介さん」


 そこで現れたのは幸芽ちゃんの兄さんである涼介さん。

 やっほやっほと、挨拶しながらわたしはスマホの画面を見せてあげた。


「うっ、数字……」

「ひどいなぁ。家計簿だよ」


 今の時代、家計簿はスマホで入力することができる。

 文字を書いて計算して、みたいなことを一切しなくてもいい分、やはりスマホとは偉大だ。


「マメだな、花奈は」

「残高分かるし、結構便利だよ。涼介さんもどうかな?」

「悪い。幸芽ならまだしも、俺はそんなめんどいことは多分無理だわ」


 目元は髪の毛で隠れて見えないものの、苦そうな口元が苦手意識マシマシの味わいを浮かべている。

 入力するだけ、とはいってても、それが一番面倒くさいのだから仕方がないか。


「すごいよな、花奈は。前までそんなことやってたなんて言ってなかったし」

「へ?!」


 いや、これ元々持ってたスマホから入ってたんだけど。

 う、うーん……。ひょっとして、これ言っちゃいけなかったタイプか。


「今から涼介さんの記憶を消す方法ない?」

「なんで俺なんだよ!」

「このペンの先を見ていてほしいんだけど」

「まばたきしないでってか?! 絶対目閉じるからな!」


 あらら。黒服のグラサンをかけた男性ごっこができないとは。


「てか、なんでジュース二本持ってるんだ?」

「あー、おごり。アイデア料的な?」

「どういうことだよ」


 どういうこともこういうことだよ。とは言えないわけでして。

 さすがにあなたの義妹さんとお付き合いすることになりました!

 今度その方とデートしてきます! みたいなことを兄に言えるわけもなく。


「あ、そういや今度の土曜暇か?」

「ん? 多分暇だと思うけど」

「マジか! そうかそうか……」


 ん? なんだろうか。

 涼介さんが妙に照れ照れしているというか、何かを企んでいるのかにやにやついている。


「ちょっと買い物に付き合ってくれないかなって」

「どんなもの?」

「一応衣服かな」

「……ふーん。つまり意中の相手がいると」

「わ、悪いかよ」

「悪くないよ。むしろいい感じ!」


 女の子と服を買うためにデート。

 これは紛れもなく意中の相手へのアピールと言っていいだろう。

 その対象がおそらくわたしであることは置いておくとして。


「それじゃあ詳しい日時はあとで連絡しとくから!」

「うん、わかったよ」


 足早に去っていく涼介さんを尻目に、またジュースを一口。

 甘い。甘いなぁ。これが青春の味ってことかぁ。

 元々デートをどうするかって決めかねてたところだし、ちょうどいい感じかな。

 この際だ。涼介さんにはわたしの恋路の線路を作ってもらうとしよう。フフフ……。

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