第12話:私の気持ちと嘘

 はっきり言って、好きと言われて何故? と考えていた。


 夕暮れに照らされた桃色の髪の毛が、風に揺れる。

 どんなことを言ったと思えば、それは愛の告白であった。


「わたし、幸芽ちゃんが好き!」


 びっくりしていた。

 なんで。どうして。

 姉さんは、花奈さんは私じゃなくて、兄さんのことが好きだと思っていたのに。

 少なくとも、記憶を失う少し前まではそう感じていた。


「……突然、ですね」

「あはは、驚いちゃうよね、こんなの」


 嘘だと思った。実は私のことをからかっているんじゃないかって。

 記憶を失ってから、人が変わったように立ち振る舞っている彼女であれば、当然のことだと思ったから。


「冗談だったりは」

「しないよ。わたしが幸芽ちゃんのこと好きなのは事実だから」


 だからこの回答にも驚いた。

 彼女の顔は、決して嘘じゃない、真っ直ぐな瞳をしていたから。

 誠実で、清楚で、清純で。

 姉さんにそろった三種の神器は、紛れもなくゲームのメインヒロインみたいに思えるほどだ。


 だから私は驚いた。

 幼馴染で、主人公みたいな兄さんではなく、この私を選んだことを。


「……正直びっくりです。記憶が消えて二日だけなのに」


 どうして。そんな言葉が飛び出る。

 まるで、自分の好きも忘れてしまったかのような記憶喪失。

 新たな誰かが、私を好きだと言ってくれた違和感。

 なんだろう。少しだけ姉さんが異質なものに感じられた。


「昨日の晩のこと、覚えてる?」

「はい」

「あの時、すっごく嬉しかったの。不安を取り除いてくれた、あなたがいてくれたから」


 確かに彼女は不安を覚えていた。

 当たり前だ。だって記憶を失ってから初めての一人ぼっち。

 自分の家だとは言っても、その感覚があるだけで、頭の中には存在していない謎の自宅。

 そんなところで一晩を明かせと言われたら、怖くなるのは当然だ。


 心配だった私は、声をかけたんだ。

 怖いですよね、って。私たちがいます、って。

 だから私のそれは気休めで、不安を取り除いただなんてお世辞にも言えない。

 言いたくない。


「……私は、あなたが分からないです」


 そんな言葉だけで私のことを好きになるなんて、勘違い甚だしい。

 理解はする。だけど気の迷いですよそんなの。


「でも、気持ちは分かりました」

「幸芽ちゃんは……」


 私の答えは決まってる。

 兄さんが好きという気持ちは変わらない。

 だから今から私は悪い女になる。

 姉さんの気持ちを利用して、兄さんの気持ちを裏切って、私の気持ちを通す。

 そんな。そんな悪女のようなやり口を、私は始める。


「……いいですよ」

「へ?」

「何度も言わせないでください。お試しです、お試し。兄さんの代わりです」


 兄さんの代わりです。

 だって私が好きなのは兄さんなんだから。

 お試しでも、そんなに喜ぶなんて思わなかったし、姉さんを騙すような形になって、すごく申し訳ないって気持ちでいっぱいだ。

 同じなんです。私と姉さんは。好きって気持ちに一直線なことが。


「ホントに?!」

「何度も言わせないでくださ――」

「ぃやったーーーー!」


 高らかに鳴り響く歓声と、震える鼓膜。

 うるさ。そう思わず言ってしまうぐらいには。


「えへへ。ごめんね! でもすっごく嬉しくって」


 まるで子供みたいにはしゃいでいて。人が変わったみたいに喜んで。

 本当に、変な人。


 でもそんな変な人と私は付き合い始めたわけで。

 接触はしてこないけれど、間隔が狭くなった気がする。


「一緒に帰ろ!」

「浮かれすぎです」

「えー、付き合いたて記念ってことで!」


 やっぱり浮かれすぎですよ。

 桜色の糸が、スカートが、ふわりと宙を踊る。

 まるでメインヒロインっていうか、こう、華やかというか。


 少しだけドキリと、胸の奥底が震えた気がした。

 なんだろ。分からないけれど、胸の奥に何か小さな塊みたいなのが生まれたような、そんな気持ち。

 分かんないや。分かんないから、ため息を一つ吐き出して呆れるそぶりをする。


「まぁ、仕方ないですね」

「やったっ!」

「でも手は繋ぎませんから」

「分かってるってば!」


 私の考えてることを読み取れるとでもいうのだろうか。

 妙に耳障りのいい返答を口にしてから、彼女は私の隣に立った。


「じゃ、行こ!」

「分かりましたよ」


 迷惑じゃない。だけど、その変化に戸惑っているだけ。

 何度でも言う。彼女の、まるで人が変わったみたいな態度に、私はついていけるだろうか。

 それこそまさに未来のことで、神のみぞ知る、みたいなもの。

 私の気持ちは変わらない。兄さんを好きって気持ちは変わらない。

 だから――。


「なんか、青春してるね!」


 この人のことを好きになることは、きっとない。

 ないって、信じたい。


「当たり前じゃないですか、学生なんですから」


 宵闇に沈んでいく街並みをビルの谷間から見ながら、私たちは自分たちの家に帰るべく、ゆっくりと歩き始めるのだった。

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