第14話:汗が交じり合う夏のハンカチ
意中の相手ではないにしろ、やはり女として可愛らしく見られたいときはある。
それは喪女であっても変わらない。
「うわぁお。かわいい服いっぱい持ってるなぁ」
今は自分のものとはいえ、他人のクローゼットを漁るのは相当勇気が必要だ。
十五分ほど勇気をチャージしてからクローゼットへ突撃すると、その眩さに目がつぶれそうになる。
おしゃれなワンピースに、ちょっと肩が空けたシースルー。肩出しトップス。
それからこれはノリで買ったのだろうか、甘ロリなドレスが埃をかぶっている。
「これ、わたしよりもいいもの持ってないか?」
思わず独り言を口にしてしまう程度には、頭が痛い案件だった。
それでも、今はわたしの、花奈さんのものだ。ワルは平然と人のものを使うのだ―! はーっはっはっは!
――数分後。
「組み合わせ、多すぎでしょ」
などと絶望してしまうぐらいにはたくさんあるから困ってしまう。
大抵はわたしのピンク髪に似合うような素敵な衣服が多いのだけど、ノリで買ったような代物は割と似合わないものが多い。
確かにこの見た目で甘ロリ着るとなると、すこーし大人びているというか、見た目と衣服のギャップに驚いてしまうことだろう。
「シースルーもかわいいし、あとこっちのスカートもいいなぁ」
まるで無料の試着会である。
楽しい! こんなに服があると、本当に楽しい!
なまじ見た目がお姉さんよりの可愛さがあるから、なおの事。
初めてこの見た目に転生してよかったと思えるレベルだ。
「って言っても、時間が……」
待ち合わせの時間が十四時。
そして今は十三時半。メイクは済ませているとはいっても、たかがそれだけ。
服を決めなければ、話にならないのである。
「うぅ、あとはこれも試したいし、あれも……。あー、もっと前から見ておくべきだった!」
そうして時間はあっさり過ぎていくものである。
時刻十四時十分。
『まだかかりそうか?』
「ご、ごめん! 今行くから!」
もういいやこのワンピースで。
急いで着てから、見た目を整えて、肩掛けカバンを左肩にのせて、いざ出発!
「ごめん、待った?」
「まぁ、うん。なんて言えばいいんだろうな、これ」
ううん、今来たとこ。なんて嘘、言えるわけもなく。
でも嘘でも言ってほしいところだ。それはそれでネタになるし、嬉しいし。
遅れた理由なんて言えるわけもない。服選んでて遅れたとか、ちょっとダサいし。
「そのワンピース、似合うな!」
「そう? 選んだ甲斐があったよ!」
でもこういうことを言われると意中の相手ではなくても嬉しいわけで。
こういう気遣いができるところが、主人公の主人公たる所以か。わたしも主人公になりたいものだ。
「じゃあ行くか」
「うん!」
距離を保ちつつ、街への電車に乗るために歩き始める。
今日はまさしく夏日。シースルーでも着ていけばよかったけど、それは後の祭り。
パタパタと片手で扇ぐうちわを作りながら、わたしは太陽の下を歩いていく。
「あっついな」
「そうだね。溶けちゃう」
二人して、早くも駅に行きたいという気持ちだけが走り始める。
お互いにやや早歩きになりながら、ずんずんと道路を突き進んでいく。
「買い物なんだよね?」
「そうだけど」
「わたしたち傍から見たら変な男女ってことになるけどいいの?」
「よくないけど! 暑いよりはましだ!」
「そのとおりだね!」
タッタッタっと、早歩きで数分。普段とは比べ物にならないスピードで駅にゴールインしたわたしたちは、やや息を切らしていた。
「涼しいけど」
「疲れたな」
電車を待ちながら、わたしたちはベンチに座って休憩。
汗ばんだ皮膚と髪の毛をハンカチで拭う。はぁ、あっつ。
というか、涼介さんも名前の割には髪の毛が暑苦しい。さぞ暑いことだろう。
仕方がない。お姉さんが汗を拭ってあげようじゃないか。
「涼介さん、顔出して」
「ん?」
左手で涼介さんの髪の毛をかき分けようとした瞬間、猫の超反応が如く、ピョンと後ろへ退く。
「どうしたの?」
「いや……。いや、それはその。女としてどうなんだ?」
「なにが?」
「こう、あるだろ。自分の汗と俺の汗が混ざるとか、そういうの」
ひょっとして、間接キスとかそういうの考えてたりします?
「あはは、わたしは気にしないよ!」
「いや、昔のお前だったら……。いいや。今は今だし」
「ぐちぐち言ってないで、ほら頭貸して!」
意外とさらさらとした髪の毛をかき分けて、額にたまった汗を拭っていく。
心なしか彼の顔が赤いように見えるものの、それは思春期特有の照れだということにする。
黒い目の瞳は、意外とまん丸で可愛らしい一面もあるな、という反面、髪を切ればいいのにと思ったりもする。
「はい終わり! 涼介さん、髪切ればいいのに」
「……面倒なんだよ」
「そういうことにしとく。そろそろ電車来るよ」
「ん」
なんとも微妙な空気感になりながらも、それでもまん丸ヘアの涼介さんと一緒に、わたしたちはクーラーの利いた電車へと乗り込んでいくのであった。
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