第6話:夢のような夢?
カチャカチャ。
トントン。
グツグツ。
何を作っているんだろうか。
キッチンからやってくる香ばしいお肉の匂いに、おなかの音も連鎖する。
あらかた自分の家の状況確認した後、もう一度夜桜邸へと帰還した。
目的はもちろん、幸芽ちゃんのご飯だ。
妹属性で世話焼き体質と言えば、料理上手というのがご定番。
幸芽ちゃんについて知っていた情報の一つである料理上手が、今まさしく目の前で行われているのだ。
おなかが空いて眩暈がしているのか。それとも単純に料理の知識がないだけなのか。
幸芽ちゃんがやっていることが一切理解できていない。
「今日の献立は?」
「豚のしょうが焼きです。豚肉が安かったので」
しょうが焼き!
いいね、しょうが焼き。わたしも大好き。
というか、お肉大好き。人間だもの、みんな肉を欲する獣なのだ。
たれと付け合わせを完成させた幸芽ちゃんは、続いて少し大きめのお肉を油が引かれたフライパンへと投下する。
ジュ―という香ばしく、人を魅了させる愛しの音色。
この音を聞くだけで、ご飯三杯は余裕で食べられるだろうと言う程度には素敵すぎるハーモニー。
お肉が焼ける音のために生きてきているようなものだ。
しょうが焼きのたれをフライパンにかけて、少しの間味をつけている。
「腹減ったな」
「うん。まさに天国と地獄の狭間だよ」
この時の天国はこの後、ご飯であること。
地獄はその間、おあずけであること。うーむむ、早く食べたい……。
「そういや聞いてなかったけど、俺の名前は分かるのか?」
「涼介さんだよね。言ってなかったっけ?」
「幸芽からは兄さん呼びだし、俺からは特に何も言ってなかったから」
「そうでしたっけ?」
今日の記憶をしばらく頭の中で探してみる。
うーん、確かに言ってなかった気がするなぁ。
とはいえ、率先して言うべき相手でもないし、いっか。と思ってスルーしてたな。
「俺にとったら、地続きみたいな関係だしな。記憶喪失大変だな」
「うん。でも嬉しいよ、気にかけてくれて」
嘘をついてたとはいえ、気にかけてくれたのは紛れもなく夜桜兄妹なわけで。
そういう意味では、本当のことを伝えたってかまわないだろうけど、それはそれで不審がられそうだ。
「お、おう……。俺が案内すればよかったな」
「その気遣いだけでうれしいよ」
あからさまに頬を少し赤らめた態度。ちょっと動揺した点。
やっぱり、涼介さんはわたし、というよりも花奈さんのことが好きなのだろう。
だから献身的になれる。なんか、申し訳ないな。花奈さんじゃなくてわたしで。
「できましたよ」
「うし! じゃあ食べるか!」
「うん!」
……ちょっと待って。何気に三角関係になってない、これ?
わたしは幸芽ちゃん。
幸芽ちゃんは涼介さん。
そして、涼介さんはわたし。
ひょっとしてとんでもない状態にわたしがしてしまったのでは?
「いただきます!」
とはいえ、考えるのは後でいいだろう。今はこの幸芽ちゃんが作ってくれたしょうが焼きを食べるんだ。
口に運んで咀嚼。うーん。美味しい。醤油としょうがのしょっぱさと砂糖の甘さが絶妙に絡まって、それから肉が程よく柔らかい。
噛むごとに味が肉汁と共ににじむ感覚。これが、手作りしょうが焼き!
「美味しい!」
「ありがとうございます」
「やっぱ幸芽が作る料理はおいしいな」
「当たり前です。勉強しているんですから」
白米を口の中に頬張りながら、幸芽ちゃんはそう言ってのける。
確かに勉強すれば、美味しいものも作れるかもしれない。
だけどさ。
「勉強できるってことは好きってことでしょ? わたしはそれがすごいって思うな」
「……そうですか?」
「うん。お勉強って、歳を取れば取るほど億劫になっちゃうから」
億劫もあるし、時間もないし。
それでも勉強しようと思える。その心が大事なんだ。
「……なんだか、歳より臭いこと言うな」
「……え? あー、なんでだろう! あはは!」
誤魔化すためにご飯をかきこむ。
いつかやるんじゃないかって思ってたけど、まさか二十六歳らしく説教みたいになってしまうなんて。うぅ、恥ずかしい……。
「本当に変わったな」
「ですね。変な風に」
そうだよぅ。元の性格分からないから、変な風に変わっちゃいましたよぅ。
こんなことであれば、寝落ちなんてすべきではなかったなーって。
でもこんな夢みたいな体験ができるんだ。それに越したことはない。
「ごちそうさま! わたしは家に帰ります!」
「大丈夫か? 一人で帰れるか?」
「帰れるよ! ……それじゃ!」
「おう、じゃーなー」
もしもこれが夢だったら。
わたしがもう一度寝て、起きたらどうなるのか分からない。
夢から目が覚めて、二人のことも忘れてしまうかもしれない。
それでも、伝えなきゃいけないことがある。
「ありがとうね、二人とも!」
それでも、この言葉だけは伝えなきゃいけないって思ったから。
幸芽ちゃんから何一つ声がかけられないことを気にかけながら、わたしは夜桜邸をあとにする。
夢かそうじゃないかはさておいて。楽しい世界に来させてくれてありがとう。
心からの感謝を、神様に伝えるのであった。
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