第5話:地元民の行かない場所

「というか、本当になにも覚えていないんですね」

「あはは、面目次第もありません」


 そういうのはわたしを転生させた神様に言ってほしいものだ。

 わたし無実。わたし、アリバイあり!

 商店街や周辺の街中を巡りながら、こんな場所があるんだーと、やんわりと土地勘を養っていた。


 商店街の中にある小さな映画館や大きなデパート。

 それから飲食店にパチンコ屋。あらゆるサブカルチャーや衣食住が取り揃えられたこの商店街は、曰くここに来ればたいてい何でもある。と言われるぐらいだ。

 もちろんこれは言伝だから、本当にどうかは定かではない。


 とはいえ、自宅から近ければこれほど嬉しいものはないだろう。

 そんな感じで自分の家がどこかを訪ねるも、返事は芳しくない。


「お前、そこまで覚えてないのか」

「私たちの家は電車で移動しないと時間がかかるので、ここへはだいたいお出かけ目的ですね」

「ふーん」


 そっか。この辺は覚えていても、デートスポットが頭に入ってくるぐらいなのか。

 クレープ屋に目移りしながらも、5丁目から歩いてきた商店街がついに終着点である1丁目まで到着する。


「じゃあなんでここを紹介したの?」

「まぁ、学校から近かったので」

「あ、左様で」


 そんな単純な理由でわたしをここに紹介したのか。なんていい子なんだ。

 口ではさんざん言いながらも、実際は世話焼きなんだから、このこのこの~!


「さて、どうしますか? このままテレビ塔まで言ってもいいのですが」

「テレビ塔?」

「ちらちら見えてたろ、あの赤い塔! あれだよ」


 涼介さんが指を差す先に見えるのは、文字通り赤くそびえたつ電波塔であった。

 恐らく現実で言うところの東京タワーをモチーフにしたであろうその場所は、なんとなく観光名所を彷彿とさせる。


 というか、このゲームのモチーフって実はあそこだったりしないだろうか。

 電波塔に商店街。それから時計台があれば、役満に等しい。

 行ったことはないけれど、転生前は一度行ってみたかった場所だ。

 学生三人で街中を散策する気持ちは、まさしく修学旅行のそれ。

 なんというか、ワクワクしちゃいますね。


「うわー、でっかー」

「いっつも思うけど、どんだけ高いんだよこのテレビ塔」

「三百メートルは超えてるって話ですよ」

「うわーお」


 天高く突き抜けたその電波塔は、観光スポットにふさわしい。

 そりゃ周りの観光客も写真を撮るわけだ。

 わたしもパシャリ。うん、おっきい。


「上ったりできるの?」

「地元民はここが目に入っても、中には入らないからな。でも行けると思うぞ」

「へー。入っちゃう?」

「ダメです。時間がないので、これから帰って夕飯です」

「まぁいっか。幸芽ちゃんとのデートの時に行こ!」

「その時は兄さんも一緒に」

「かったるいけど、まぁいいか」


 別に涼介さんはお呼びではないのだけど。

 わたしの本命は常に幸芽ちゃんだけだ。故に他に目移りすることなんて、ありえないんだよ。

 幸芽ちゃんの本命の相手が必ずしもわたしではないのだけども。


「いつか行きたいね」

「姉さんが記憶を取り戻したら、どうですか?」

「えー? さすがに……。かなり先になるんじゃないかなー」


 ひょっとしたら、これは夢かもしれないし、一度寝たら現実世界に戻ってしまうかもしれない。

 そんな恐怖はあるけど、なぜか記憶が戻ることはないんじゃないだろうか、って考え始めている。

 花奈さんという存在は、わたしでそのまま上書きされ、魂を失った肉体はそのまま朽ち果てる。

 そんな予感が、なんとなくするんだ。

 これは女の勘、ということにしておく。その方がミステリアスな女に見えるし。


「それは、ちょっと困ります」

「なんで?」

「だって、起きてから私へのタッチ激しいですし」

「そーかなー!」


 そう言いながら、幸芽ちゃんの後ろに回って抱きしめる。

 これが縮地の呼吸というべき距離の縮め方だ。わたしもよくわかってないけど、なんかできた。


「そうですよ!」

「いやーん!」


 チカラの限り引きはがされたわたしの身体は、くるくるとわざとらしく回転しながら、地面に不時着。およよと泣いてみた。


「あー、幸芽が泣かした―!」

「いや! えっ?! なにしてるんですか!」

「つい?」

「二人とも悪ノリが過ぎます!」


 さすがにぷんすか怒った幸芽ちゃん。

 怒った幸芽ちゃんもかわいいが、そろそろ引いておかないと夕飯のメニューに「null」と表示され、ただ机を見つめるしかなくなってしまう。

 わたしも涼介さんも、ごめんと謝罪してから立ち上がる。


「さて、帰りましょうか」

「だねー! 幸芽ちゃんの料理楽しみだなー」

「大したものは作れませんよ」

「それでもいいんだよ!」


 テレビ塔から歩いて、電車のホームへと降り立つ。

 今日の夕飯は何だろうな。やっぱり唐揚げとか、とんかつとか、揚げ物系なんだろうか。

 どんなものが出てきても、美味しいって言っちゃうんだろうな。

 だって、大好きな人の手料理が食べられるんだから!


「そんなもんですか?」

「そんなもんだよー」


 ハテナを浮かべる彼女の前に、今度は柔らかい笑顔を向ける。

 少なくとも8年間ほどはろくに手料理を食べていなかったわたし。

 口と胃の中でよだれと胃酸を量産しながら、わたしたちは電車がやってくるのを待っていた。

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