第4話:野口一人=謎の気持ち

「ここが食堂です」


「ここが視聴覚室です」


「ここが……」

「なんかつまらない」


 まずは学校案内、ということで一通りの特殊な場所を巡っているのだけど、幸芽ちゃんの説明が淡々としすぎていて、デートという感じが一切しなかった。

 それよりも業務の一環、と言ったほうがふさわしいレベルの説明っぷりだった。

 わたしの元上司でももうちょっと愛をこめて説明すると思うよ。

 なーんて、言えるわけもなく。気づけば一階の体育館へやってきた。


「そういえば幸芽ちゃんって委員会とか、部活動はやってないの?」

「別に。兄さん姉さんと一緒で帰宅部です」

「えー、幸芽ちゃん面倒見よさそうなのに」


 しばらくしてから、内心失言だったと自戒する。

 違う。記憶喪失という設定のわたしにその言葉は似合わない。

 まるで「実際に聞いてきたような」言葉は、実際のところ失言であった。


「……そう見えましたか?」

「え? うーん、うん! わたしのこと率先して介護しようって言ってくれたし!」


 最初は乗り気ではなかったように見えたけれど。


「理由なんて、少し打算的なものですよ」

「そうなの?」

「そうです。私のためです」


 あ。そういえば、こんな設定をどこかでちらりと聞いたことがあった気がする。


 ――幸芽ちゃんは兄の涼介さんのことが好きである。


 ほのかな恋心を胸に秘めながら、兄と妹である関係を続けている、みたいな。

 ギャルゲーではありがちな設定だけど、今ほどこの設定を考えたスタッフが憎らしいと思った。

 いや、ギャルゲーなんだから幸芽ちゃんがわたしではなく、涼介さんのことが好きってことは普通なんだけど……うーむ。


 幸芽ちゃんはわたしのこと、どう思ってるんだろう。

 もちろん花奈さんではなく、わたしのこと。

 気になりはするけれど、帰ってくる答えはきっと、なに言ってるんですか。という困惑だけだ。


 疑問は胸に秘めて。わたしは曖昧に自分を誤魔化す。


「でも嬉しいな。結局わたしのお手伝いしてくれたんだもん」

「なりゆきです」

「それでもだよ。ありがとうね」


 ちょっと迷惑かと思ったけれど、わたしがそうしたかったから耳の下から顎にかけて撫でる。


「んっ! な、なにしてるんですか?!」

「お礼ってことで一つ」

「なんですかそれは。もう……」


 迷惑だったかな。言葉だけでよかったかもしれないけれど、それでも手が勝手に触れてしまうのだからしょうがない。

 触れられた箇所をもう一度撫でるように、幸芽ちゃんの指先が動く。

 あ、これはちょっと嬉しそうだ。


「行きますよ。次は商店街に行くんですから!」

「はーい!」


 わたしたちの学校は比較的街中にある。

 だから少し歩けば大きめの商店街みたいなのがあるし、大きくて赤いタワーも生えている。

 っていうのを先ほど幸芽ちゃんから聞いたばかりなのだけどね。


「ここがお肉屋さんですね」

「へー、ブロックのお肉なんて初めて見たかも」


 炊事というものをやっておらず、カップ麺だけで済ませていたわたしにとっては新鮮そのものである。

 わたしが勝手に牛肉コロッケを注文していると、目線の先で何かが動くのが見えた。


「ん? なんだろうあれ」


 近づいて確認してみる。

 すると、情けない声とともに何かが地面に落ちるような音が聞こえる。

 電柱から姿を現したそれは、あははと笑った。


「兄さん?!」

「見つかっちまったか」

「何やってるの?」

「ちょっと見かけたから、追跡をな」


 かっこよく言っているが、要するにストーキングである。

 自分の兄である涼介さんに、幸芽ちゃんがややため息を吐き出しながら、手を差し伸べる。


「ほら兄さん、一緒に行きましょ」

「悪いな。お礼にコロッケおごるか」

「じゃー、わたしの分も!」

「今食べてるだろ! ったく、しょうがないなぁ」


 なんだかんだ言いながら、財布を開き、野口が一人お肉屋に消えていく。

 わぁい、ここのコロッケ! わたしここのコロッケだいすき!

 もしゃもしゃと口にする肉と衣のハーモニー。うん、美味しい。癖になっている。


「あ、姉さん。ほっぺた」

「え? こっち?」

「こっちですよ」


 左の頬に付いた衣の破片を指で掬い取ると、幸芽ちゃんが口へと運ぶ。

 ご飯粒じゃないんだから。とツッコもうとしたが、そんなのはどうでもよかった。

 え、今わたし、ガチ恋相手に間接頬ペロされた?!


「…………」

「どうかしましたか?」


 あっけらかんに呆けるわたしと何故か涼介さん。

 ハテナを浮かべる幸芽ちゃんの前に、何が起こったかを説明する者はいなかった。

 えっと。これはさすがに、自分の胸の中にしまっておこう。

 はしゃぐより先に、わたしが恥ずかしさで爆発しそうになってしまいそうだ。


「あ、あはは。なんでもないよ」

「……はっ!」

「兄さんも、どうしたんですか」

「いや、いつも見てるはずなんだけど、なんだこの感じ」

「兄さん?」

「な、なんでもないぞ?!」


 なんでもあるもんか。どうして動揺しているんだ涼介さん。

 本当に不可解な現象にわたしまでハテナが重たくて首をかしげてしまう。

 ま、まぁいいや。デートではなくなってしまったけれど、三人で商店街の案内をしてもらおう。


「よし。じゃ、じゃあ三人で回る?」

「そうですね。兄さん行きますよ!」

「あ、あぁ……」


 涼介さんの謎の言葉が胸に引っ掛かりながらも、わたしたちは商店街を再度歩き始めた。

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