第3話:何故そこで愛?!
幸芽ちゃんは年下である。
まぁ、御年26歳+17歳のわたしからすれば、みんながみんな年下なのだけど。
当然授業は別々。1年と2年の学習内容は別々なのだ。
「それじゃあ、また放課後に」
「うぅ……幸芽ちゃんが去って行ってしまうぅ……」
「たかが2時間ぐらいじゃないですか」
わたしにとっては2年にも等しい生き別れなのだ。
生き別れって使い方ちょっとおかしい気がするけど、それは棚上げしておく。
幸芽ちゃんがいなくなる名残惜しさを教室に戻ってからでもひしひしと感じながら、よいしょ、という言葉とともに教えられた席へと座る。
「アハハ! ちょっとおばさんくさーい!」
うぐっ。後ろの席の女の子にぐさりとナイフで抉られてしまった。ライフポイント十点減少でゲームオーバーだ。
「……えっと、どなたでしたっけ?」
「あ、記憶喪失なんだっけ。あたしは一色檸檬ね。改めてよろー」
ハイタッチ待ちなのであろう手のひらを軽く叩いた。檸檬さんは嬉しそうだ。
「次の授業ってなんですか?」
「現国ね。マージだる」
現国かぁ。わたし、ちゃんと理解できるかなー。
なんて考えながら、やってくる先生。教科書を開くも、中身をそこまで理解できているわけではなかった。
高校生時代のわたしって、なんでこれを解けていたのだろう。
「わからない……」
「……ということでー、清木。これの時のカエルの気持ちを答えろ」
「え? あー。えっと……」
カエルの気持ちって、そんなの分かるわけないじゃん!
あー、こんなことだったら勉強ちゃんとしておくべきだった……。
(43ページ目の7行目!)
「え? うん。『あぁ、凍えるほどひとりぼっちだ』ですか?」
「正解だ。この時のカエルは……」
ふぅ……、助かった。
後ろからの支援砲撃という名の、檸檬さんの助言のおかげでなんとかなった。
(ありがとう。助かったよ)
(いーってことよ。あいつまじ鬼畜だわ)
わたしもそう思います。
そんな感じでマッハに授業が終われば、いつの間にか放課後。
分からないことだらけであれば、そんな時間の経過もあるわけでして。
「おつかれーぃ! あたしがこの辺案内しようか?」
「ううん。先客いるから」
放課後ともなれば人の出入りも激しくなる。
そんな中、教室の出口で待つ小さな影が一つ。そう。夜桜幸芽その人である。
「おー、夜桜さんちの幸芽ちゃーん!」
「はい。夜桜幸芽です」
「そっかー、幼馴染だもんねー。こりゃ参った参った」
何が参ったのかは分からないが、なんとなく雰囲気を察してくれたのだろう。
檸檬さんは親指を豪快に突き出してイイねのサインを繰り出す。
「仲良きことはいいことカナ! うむうむ!」
「……別に仲良くなんかは」
「仲いいもんね、わたしたち!」
どうするか迷いはしたものの、こういうのは押しが最善手だと思い込み、幸芽ちゃんの腕を引っ張り上げて、片腕をわたしの胸元へと抱き寄せる。
照れる幸芽ちゃんに赤くなる顔。んー、かわいい。
「ちょっ! なにしてるんですか、姉さん!」
「いやぁ、かわいい幸芽ちゃんを見てたらつい!」
嘘である。
仲良くなんかないという言葉を否定したくて、強引に腕を抱きしめたのだ。
まぁ九割ぐらいかわいい幸芽ちゃんを抱きしめたいって気持ちでいっぱいだったのだけど。
「離してください! って、意外とチカラ強い!」
「愛のなせる力だよ!」
「なんでそこで愛?!」
愛は偉大なので、チカラ強く腕を引き寄せても、ぎゅうぎゅうと胸を押し当てることで、なんだかんだ痛みがないんだよ!
抵抗する幸芽ちゃんの肘がこすれて、少しこそばゆいけれど、それは幸芽ちゃんの愛を感じているってことで一つ。
「仲イイねー!」
「……そういうことにしておきます」
「やった!」
名残惜しいけれど、あまり腕に引っ付いてるのもしょうがないので、腕の拘束を解除する。
とはいえ、強引に行ったのは事実なわけで。
だから謝罪の意を込めて、わたしはこう告げる。
「幸芽ちゃん、こういうのされるの嫌?」
「え?」
「多分、記憶喪失前の花奈さんはこういうことしなかったろうなー、って思うから」
なんだかんだわたしだって空気は読めるつもりだ。
それゆえに、今のは少しやりすぎたかな、と考える程度には距離を詰めすぎたと思っていた。
愛しのエンジェルに待ってもらうって、すごく幸せなことだったから、愛が暴走してしまったけど、女の子同士とはいえ嫌な人は嫌だと思うから。
幸芽ちゃんは唖然しながらも、やがてため息を一つ吐き出し、口にする。
「急じゃなきゃ、いいです」
「……え?」
「ほら行きますよ。行くところがいっぱいあるんですから」
「っ! うん!」
そっか。急じゃなきゃいいんだ。
ツンデレというか、照れ屋というか。そんな幸芽ちゃんだからこそ、わたしは好きになったんだ。
わたしのことをどう思ってくれているかはさておき、わずかに感じる愛に身を震わせながら、わたしたちは街紹介、という名のデートを始めるのだった。
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