第43話:『わたし』の名前は

 ザッザッザッ。砂利道を歩いて、桶と柄杓を戻しに行く。

 罪の懺悔は出来ただろうか。贖罪はちゃんと出来ただろうか。

 こんな事を考えても、大した意味はない。それは、分かっている。


「姉さんは、本当に別の人だったんですね」


 これも罪への罰なのだろう。

 だから今も、自分の心が少し痛む。

 これまで幸芽ちゃんを騙していたのは、紛れもなくわたしなのだから。


「あはは。うん、そんな感じ」

「……姉さんは。希美さんは、いったいどこから」

「どこなんだろうね」


 遠くて高い空を見上げ、わたしは口にする。

 どこまでも広大で、雄大で。それでいて悩みもなさそうな青い空を見上げ、わたしは今までのことを思う。


「ちょっと歩こっか」

「そうですね」


 お寺の人に挨拶をすると、わたしたちは少しバス停から寄り道するように歩を進める。

 思えばいろんなことが自称カミサマの言いなりだ。

 やれ転生だの、やれ夏休みまでの命だの。

 どこまで話していいのだろうか。信じてもらえるだろうか。

 ありのままの真実を伝えても、きっと理解はしてもらえない。


 でも、もう幸芽ちゃんには嘘を付きたくない。

 その事実だけは、本当だ。


「あそこのベンチ。座りませんか?」

「ん」


 太陽に灼かれて、少し熱のこもったベンチに座る。

 暑い。それ以上に、心が焼けるようだった。


「日陰が良かったかもね」

「そうかもしれません。日焼け止め、塗りました?」

「一応ね」


 他愛のない会話。いつ切り出そうか。

 息を吸えば、むせ返るほどの暑さが口の中に入ってくる。

 吐き出せば、ぬるい息が口がわたしの不快感を加速させる。

 それでも、言わなきゃいけないことがある。それが、今。


「わたしね、本当は一回死んじゃってるんだ」

「え……?」

「よく小説であるでしょ、転生者みたいなの。あれ、わたしがそれなんだ」


 あえて目を合わえずに、淡々と真実だけを口にしていく。

 見てしまったら、きっとそこで止まってしまうかもしれないって思って。


「そしたらカミサマが、わたしを花奈さんに転生させた。たった、それだけのこと」

「……以前言ってましたよね。わたしのことを知ってた、みたいなこと」


 やっぱり、そこにつながるよね。


「わたしたちの世界では、ここはゲームとして扱われていた。恋愛ゲーム」

「恋愛?!」

「わたしはそんな理想の世界に紛れちゃったわけ。ゲーム、やる前だったんだけどね」


 あははと笑うけれど、横からビシビシ伝わってくる真剣な眼差しは逃れようがないのだろう。

 笑いをやめて、わたしは天を見上げる。


「幸芽ちゃんは、わたしが疲れちゃってた時に動画で励ましてくれたの。それで頑張ろーって。張り切りすぎて、結果的にはぽっくり」

「…………」

「もちろんこれはわたしの自己管理不足。だから気にしないで」

「……希美さんは」


 ガチ恋相手に自分の名前を呼ばれるって、なんかいいな。

 と、のんきなことを思うことにする。

 だって、そうでもしないと、幸芽ちゃんの鼻声に気付いてしまいそうだから。


「希美さんは、いいんですか」

「なにが?」

「まだ、やり残したことがあったんじゃないんですか?! ゲームだって満足に出来てないのに、なのに……」


 肩が揺れる。ふとももに涙が溢れる。

 あぁ、わたし。幸芽ちゃんを泣かせちゃったんだ。


「転生とか、ゲームとか、そんなのどうでもいいです! 希美さんが、何も出来ずに死んじゃったなんて、可哀想すぎます」

「……幸芽ちゃんは優しいなぁ」


 肩で泣く彼女にそっと頭を傾ける。

 そうだよね。可哀想すぎるかもしれないもんね。

 でも違うよ、幸芽ちゃん。今が地獄とか、そういうのじゃないんだ。


「わたしは今の生活好きだよ。確かにゲームは出来なかったし、やりたいこともあったかもだけど。それでも幸芽ちゃんが、今はいてくれるから」

「……希美さん」

「えへへ、なんか幸芽ちゃんに心配されるのって、いいね」


 本当はその優しさに涙が出そうだった。

 わたしの死にこんなに泣いてくれて。正直とっても嬉しかった。

 わたしが生きた理由はこんなにも美しくて、人のために悲しんでくれている。

 それは、ガチ恋相手としては、この上ない幸せだ。


「なに、バカなこと言ってるんですか!」

「そんなこと言ったって、鼻声の幸芽ちゃんの言葉は効きませーん」

「希美さんだって鼻声じゃないですか!」


 そんなの。当たり前だよ。

 だって。だって……。


「もう、嘘つかなくていいって思ったら、嬉しいから」

「希美さんのバカ」

「バカって、酷いなー」

「バカですよ。本当にバカ。こんな大事なこと、ずっと抱えてるなんて」


 そんなにバカかなぁ、わたしは。

 でも、それも今日で終わりだ。幸芽ちゃんのおかげで。


「ね。抱きしめていい?」

「聞かなくても、分かりませんか?」

「じゃあ遠慮なく」


 大切な宝物を胸にしまい込むように。

 落ちたら割れるガラスをそっと抱き寄せるように。

 愛を、抱きしめて。


「暖かいね」

「私は、熱いです」

「愛が?」

「……お互い様ですね」


 炎天下。水分補給しないとなーとか、もっと涼しい場所行きたいなーとか。

 そんな事を考えないといけない。

 けれど、そんなことどうでもいいくらいに分かりあったわたしたちの間には、そんな無粋な考えは不要だった。

 あー、ホント。アツアツだ。

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