第28話:【悲報】余命夏休みまで

「いやぁ、カミサマ超ウケちゃう!」

「……帰っていい?」


 その晩。いつものように現れるのは自称カミサマ。

 言の葉の神様だという話だったが、正直昼ドラの神様とか言われても不思議ではない。


「ごめんごめん! いやぁ、あなたと会うのもこれで三回目だけど、やっぱあなたは面白いわ」

「やっぱ帰っていいかな?」

「できることならね?」


 それが出来たら苦労はしないのは確かだ。

 夢の中で捕縛されれば、おおよそ出る手段は目を覚ます、ぐらいしかない。

 のだけど、そんな自由自在に寝たり起きたりできたら、寝坊なんて概念はこの世から抹消されるはずだ。

 だから仕方なく、目の前でコーラをぐびぐび飲んでる自称カミサマと対面しなきゃいけない。

 非常に面倒くさい。厄介な上司のそれだ。


「カミサマ的にも今回の幸芽ちゃんとの話、あれはポイント高いよ」

「左様で」

「昼ドラ、っていうか。ありゃ完全にアオハル漫画だわ! 二十六歳がアオハル! ウケる―!」


 足をバタバタ。こっちは煽りに煽られて、少しキレそうなんですけど。


「とはいえ、もうすぐ夏休み。いろいろできるねぇ」

「夏と言えば恋愛の定番みたいなのがあるのは、分かるけど」

「ゲーム内でも夏祭りや海は欠かせないからね!」


 さて。と彼女は言葉に仕切りを付けると、パチンと手のひらを叩く。

 すると、いつもの白い部屋が暗転。現れたのは夜の祭囃子。

 提灯が照らすカミサマの見た目も、わたしの見た目も浴衣姿に代わっていた。


「夏っていいよね、暑さによる解放感。青春の真っただ中。淡いうたかたの花火」


 数年、というか生まれてからそんな青いものを見た覚えはないが、それでも創作の中の話にはよく出てくる。

 楽しかったあの日々。いつまでも思い出にしておきたい日常。

 今が、リテイクしたわたしの青春。そんなのがつまらないわけもなく。


 ――それでも。


「何が言いたいの?」

「およ? カミサマはただ過ぎ去りゆく日々を大切なものにしてほしいだけだよ」


 白々しいなこのカミサマ。

 心の底ではそんなことを考えているものの、やはり神様。そんなことは見通せるわけで。


「そーだよ! カミサマは人間たちが一喜一憂する姿を眺めていたいだけなんだから」


 そういうところが大物というか、神様たる所以というか。

 いつの間にか持っていたりんご飴をぺろぺろと舐めたりかじったり。

 見た目自体は花奈さんと同じか、少し小さく見える彼女は、まるでただの学生に見える。


「カミサマさぁ、これでもあなたのことを気に入ってるんだよ」

「それは面白いおもちゃとして、だよね?」

「そうとも言う! はい、わたあめ!」


 手渡されたわたあめをちぎって口にする。

 口の中いっぱいの砂糖の味。うーん、お祭りに来た感じだ。


「それでも、何もないっていうのは腑抜けてしまうと思うんだ」


 それ故に。彼女が口にしていたりんご飴をがぶりと噛みちぎって、その裏の顔を明かす。


「夏休みが終わるまでに、幸芽ちゃんからの『好き』をもらえなかったら、あなたは元の清木花奈へと戻る。面白いでしょ?」


 ……え? どういうこと?


「つまり、あなたの魂は本来の清木花奈へと上書きされ、あなたは消滅する」

「……は?」


 待って。理解はできるけど、納得はできない。

 つまり、わたしという存在が今、自称カミサマの手によって消されようとしてるってこと?!


「人間には干渉しないって話じゃなかったの?!」

「こんなことするのはあなただけだよ。転生者はいわゆる世界からはみ出した存在」

「だからって、何してもいいってわけじゃ……!」

「あなたは一度死んでいる。そのくせまだ生に執着する。出会った当時の言葉を忘れたとは言わせないよ」


『終わったんだよ、わたしは。どんな形であれ、死者が生者に干渉するなんてよくないと思うし』


 そんな過去のわたしが、心臓に刃を突き立てる。

 確かに。確かにそうだ。わたしは死者で、本来だったら天国で魂のまったりライフを過ごす予定だった。

 目の前の自称カミサマが魂を引っ張り出して、花奈さんの身体に定着させた。


「あなたは幸芽ちゃんと接することで、生にしがみつきたくなった。それは人間らしさを意味するし、カミサマはそれを愛する。だから今回はそんなあなたをテストしたくなったんだ」


 その金色の糸をふわりと回せながら、乙女はにやりと妖艶な微笑みを浮かべる。

 つまり、好きだからイジメたくなる。過酷な世界へと導きたくなる。ということか。

 男子小学生が好きな相手にする行為かと。


「それとも、幸芽ちゃんに好きの一言を言わせる自信がないと?」


 呆れているものの、その煽りにはプッツンしてしまうわけで。


「そんなことない! 言わせてあげるよ! わたしの手で! 幸芽ちゃんの口から好きって! 言わせるし!」

「それでこそあなただ」


 にやりと笑った彼女はもはや悪魔のそれ。

 指をパチリと鳴らして、祭囃子の世界は暗転。いつもの白い部屋へと戻ってくる。

 衣装も浴衣ではなく、いつも着ているものとなっていた。


「期待しているよ。あなたが相手から好きと言われることを。応援しているよ、あなたの好きがちゃーんと伝わるように」


 言ってくれる。

 この勝負、おそらくわたしの方が有利であることは間違いない。

 けれど幸芽ちゃんの素直じゃなさはわたしだって知っている。

 それでも、だ。わたしの存在がかかっていて、カミサマにぎゃふんと言わせるチャンスがあるのなら。わたしはこう言うだろう。


「あとで吠え面かかないでよ」

「かかせてみてよ。そのぐらい、安いものだ」


 いつものように起床のために浮上する感覚。

 ふわりと足が地面から離れるように、意識が覚醒へと導かれていく。

 絶対勝つ。そんな対抗意識を燃やしながら、わたしは夏休み一日目の幕を上げるのだった。

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