第40話:夏祭り、まっさかり

 夏祭り。一応神社の何とか祭という仰々しい名前がついているが、覚えている人はごくわずかだろう。

 少なくとも、わたしはそんなことより幸芽ちゃんの浴衣姿に悶絶していた。


「はぁー!! かわいいなぁ幸芽ちゃんはぁ! やっぱりわたしの見立て通り青系だったかー! 清楚清楚! めちゃくちゃ清楚! はー! 最高……」

「恥ずかしいので騒がないでもらっていいですか」


 提灯の明かりのせいで顔が赤いのか、それとも……。

 なんて無粋なことは言わないよ、幸芽ちゃん。

 この照れ屋さん、かわいいやつめ。ということは口に出さない。


 ちなみに涼介さんはその辺でのたうち回っている。

 だんだんこの人の身内だということが恥ずかしい事実になりつつある。


「お前ら、最高だ」

「恥ずかしいから帰ってもらっても?」

「私は問題ないですよ」

「酷くないか?!」


 酷くないよ。だって今わたしたちを見ている視線がすごく痛いんだよ?

 これだから朴念仁は。多分意味違うと思うけど。


「いいか? お前たちはかわいいんだ」

「え? うん」

「はい。それが?」

「お前たちみたいなのをナンパする不届き者は絶対にいる。そんなときに俺がこう、隙間からバッと現れ、颯爽と二人の手を引く。そしてこう言うんだ。『あとは二人で楽しみな』ってな!」


 どうやら妄想の中の涼介さんは二人のキューピット的な立ち位置になるらしい。

 でもそれされたら幸芽ちゃんも最悪わたしも、あなたに惚れかねないのですが。

 大事なところで詰めが甘いというか、腐ってもこれが主人公力というやつか。


「それされるぐらいなら、姉さんと一緒に逃げますけどね」

「よし! このお姉さんに任せなさいな! 幸芽ちゃんに触れたら、わたしの魔法で黒焦げだよ!」

「いつから魔法使いにジョブチェンジしたんですか」

「わたしは幸芽ちゃんの妻にジョブチェンジしたいな!」

「「うわ」」


 え、なに。

 幸芽ちゃんは分かるんだけど、なんで涼介さんまでそんな反応するの?


「今の、普通に気持ち悪かったな」

「え?!」

「姉さんたまに調子に乗るから」

「うぐっ!」


 分かってた。口が滑るとこんな感じにドン引きセリフを言ってしまうことぐらい。

 でもいいの。伝えることは大事って誰かが言ってたわけだし。

 結構みんな言ってそうな気がする。


「なんにしろ、そろそろ屋台回るか」

「ですね。ほら行きますよ、姉さん」

「うぅ……。わたしの傷心を癒して幸芽ちゃん……!」


 慣れない草履で走り始めれば、抱きつくのではなく、ぴたりと手をつなぐ。


「手、ですか?」

「あれ、抱きつかれるの期待してた?」

「してません!」


 ――でも。


 幸芽ちゃんはそう口にしてから、つないだ指の隙間に自分の指を滑り込ませる。


「私たち、恋人なんですよね?」


 少しはにかんだように、恥ずかしいのか耳まで赤く染め上がった彼女の仕草に胸を締め付けられる。

 な、なんだこのかわいい生き物。

 上目遣いでうるんだ瞳。それ、恋人相手じゃなかったら絶対誤解させるよ。

 わずかな心配と、それでも自分にしかやらないのだろうという信頼感。そして僅かな独占欲が入り混じる。

 あぁ、やっぱりかわいいな、幸芽ちゃんは。


「うん、そうだよ」


 繋いだ手を優しく握り返す。

 そうすれば、幸芽ちゃんも握り返してくれた。

 暖かい。胸の中の幸せ成分がどんどんたまっていく。


「おい! 焼きそば食べないか?!」

「まったく。あの兄さんは……」

「行こっか、二人で食べよ?」

「仕方ないですね」


 それ以降は二人と一人の空間だったことは間違いなかった。

 初手焼きそばは、正直ベンチがないと食べにくいから、ビニール袋に入れて一時保管。

 その後はお面だったり、スーパーボールすくい。

 あとはやっぱりこれだろう。


「俺さぁ、ずっと憧れだったんだよ」

「分かる。分かるよ、涼介さん」

「分かってくれるか、花奈!」


 無数の紐が今目の前で束ねられている。

 その先にはゲーム機やらおもちゃやらの箱に繋がっていた。

 紐くじ。わたしが生前からお祭りのたびにやっては敗北している屋台の一つである。


「これ、全部繋がってないって話ありませんでしたっけ?」

「そんなわけないよ! なんてこと言うの、幸芽ちゃん!!」

「そうだ! 俺たちのロマンは止まらないんだぞ!」


 おじさんに百円玉を一枚渡して、紐を選び始めた涼介さん。

 ここが正念場だよ!


「俺には必勝法がある。この紐の先を追えばおのずと正解が導き出されるんだ」

「兄さん、この紐の先が分かるんですか?」

「混線したコードを解く要領だ。そう、ここ!」


 勢いよく引っ張り出された紐の先についていたもの。

 それは紙でできた振るとびよーんと伸びるおもちゃであった。


「何故だ?!」

「クックック、涼介さんは我が紐くじ四天王の中でも最弱……」

「姉さん何言ってるの?」


 とぼとぼとびよーんと伸びるおもちゃを手に戻ってくる彼の雰囲気は、著しくへこんでいる。

 無理もない。あれだけのことを言ったのに、結果はあれだけなのだから。

 ちなみにびよーんと伸びる紙おもちゃの名前は『ペーパーヨーヨー』というらしい。

 わたしも後日知って、正式名称があったと驚いたものだ。


 ちなみにこの後のわたしのターンも敗北。

 結果として手に入ったのはこのクルクル笛だけであった。

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