第38話:浴衣の着付け方[検索]

「お祭りは、明日かー」


 うちわと扇風機で風を生み出しながら、カレンダーを見る。

 この辺で行われるお祭りはお盆の時期を少し外しており、だいたい八月の初めに行われる。

 わたしもちょうどお墓参りに行こうと思っていたからか、そういう調整には感謝だ。


「花奈、浴衣とか着ていくのか?」

「どうしよっかなぁ」


 浴衣。夏祭りと言えば着ていくのが定番ともいえよう。

 が、ファッションに一切興味がなかったわたしはこの歳になっても、着付けのイロハを一つたりとも知らない。

 無垢なる花奈さんなのだ。


「幸芽ちゃんが着ていくなら、って思ったけど、わたし着たことないんだよね」

「え? お前去年着てたろ」

「記憶喪失」

「あー」


 便利だな記憶喪失。

 とりあえず口にしておけば間違いのない魔法の言葉だ。

 もちろんバレている相手がいたりはするのだけど。

 幸芽ちゃんがキッチンの方でくすりと笑う。


「幸芽ちゃん、今笑った?」

「笑ってないです。気のせいです」

「そっか」


 絶対笑ったと思うけど、ここは大人なのでスルーしておこう。

 でも浴衣かぁ。幸芽ちゃんはきっと似合うだろうな。

 水着も水色系だし、浴衣もそうだと嬉しい。

 清楚なイメージがなんともフィットする。


「幸芽ちゃんは、浴衣着ていくの?」

「どうしましょうか。今年はお母さんもいないから着付けできそうな人いないんですよね」

「そうだった。去年は母さんが花奈と幸芽の浴衣着付けたんだっけか」


 へー。お母さん、結構すごい人なんだ。

 ただの舞台背景みたいに思ってたけど、これからここで過ごしていくなら、きっと出会うことになるんだろうな。


「でも、今年はちゃんと着ていきたいなぁ……」

「んー? 嬉しいなぁ幸芽ちゃん! 今年『は』ちゃんと着ていきたいんだね」

「え?」


 キッチンの幸芽ちゃんと目が合う。

 つまりはそういうことだ。


「ち、違います! 毎年です毎年! そういう行事は楽しむべきでしょう?!」

「それもそうだねー」

「だからそのニヤケ顔はなんですか!」


 本当にこの子は可愛らしい。

 そんな子に間接的に好きと言ってもらえて、わたしはとても嬉しいんだ。


 ――でも。


『夏休みが終わるまでに、幸芽ちゃんからの『好き』をもらえなかったら、あなたは元の清木花奈へと戻る。面白いでしょ?』


 夏休みも残り三週間。この地域の夏休みが短いのも相まって、少し焦りを感じていた。

 あの自称カミサマは嘘をつかない。つく必要がない。

 わたしをおちょくってる可能性もあるけれど、それ以上に命を弄ぶなんて実に神様らしい行為だ。


「早くしなきゃ」


 幸芽ちゃんは頑固だ。

 好きという言葉を使わなければ、いくらでも愛情表現はしてくれる。

 けれど、その言葉だけは絶対に使わない。

 何故か。それは恥ずかしいからなのだろう。


 夏祭りが勝負だ。

 そうでなければ、残りはお盆。お墓参りに行くしかなくなる。

 それだけは避けたかった。


「ご飯できましたよ。って、姉さん?」

「……あ! うん、今そっち行くよ!」


 焦ってはダメだ。

 でも急がないとわたしの命がなくなる。

 愛着を持ってしまったこの体にさよならは言いたくない。

 幸芽ちゃんにさよならは言いたくない。


「幸芽ちゃん、わたしのこと、好き?」

「最近いつもそれですよね。麺が伸びるので早く食べてください」


 別に好きぐらい言ってくれてもいいのに。ケチだなぁ。

 そんなことを思いながら、席について冷やし中華をすする。

 やっぱり夏って感じがしていいなぁ。


「誰か着付けできる知り合い、知りませんか?」

「って言ってもなぁ……」


 流石にそんな人は知らない。

 檸檬さんだって、多分出来ないだろうし。

 わたしのもうひとりの深い仲となれば、あの神様しかいない。


「流石に知らないかなぁ」


 でもあの自称カミサマは基本的にわたしの夢にしか現れない。

 現実には干渉しないはずだ。


「……それはそれで困りましたね」

「なにがお困りなのかなー?」


 ふと漏れたであろう言葉にハッとなって、首を横に振る。

 だが、わたしの耳にはもう入っちゃってたんだよね。

 こうなったら、わたしだって暴挙に出るしかない。


「よし、今から学ぶ」

「え?」

「な、何をだ……?」


 何かって? そんなの今の流れから分かっちゃうでしょ?


「浴衣の着付け方だよ! やっぱり女の子はきれいに着飾らないと!」

「……本気で言ってます?」

「言ってる言ってる! そうとなればレッツ自宅!」


 調べごとをするならばやはり自宅しかない。

 冷やし中華をかきこんで、すぐに席を立つ。


「ごちそうさま! 美味しかったよ!」

「あー、はい……」


 フフフ、待ってろよ幸芽ちゃん! 

 わたしが素敵な浴衣姿をカッチリ決めてあげるからね!


「幸芽、あぁ言ってるけど。着付けって一朝一夕でなんとかなるのか?」

「分からないけど……、不安しかないのは確かですね……」


 そんな不穏なワードが後ろから聞こえた気がするけど、別に気にしない。

 わたしは今、幸芽ちゃんの専属着付け師になってやるんだからさ!

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