第50話:いらっしゃいませ、お嬢様
文化祭とは何か。わたしが言いたいのは概念的なことではない。
詳しく言うのであれば、何を思い、何を考えて、何を成し遂げるか。その答えだ。
これでもアルバイトで生かしていた接客経験をいかんなく発揮して作り笑顔を錬成していく。
「いらっしゃいませ、あちらのお席へどうぞ……」
とは言っても紳士的に。
TSカフェなのだから、わたしは基本的に男を演じなければいけない。
身近な男性がアレなだけあって、紳士的な態度というものに戸惑いはあったが、そこは本物の執事喫茶へ赴いて、そのいろはを見出した。
見てくださいよこのフォルム。背中をピーンと立たせて、豊満な胸はそのままに、黒いタキシードを身にまとった執事形態。
実際、わたしも気に入っていたりするわけで。
「あひゃー、ああ見ると花奈ちゃんやっぱ美人だわー」
「ねー! やっぱりメインが花奈ちゃんと檸檬ちゃんで正解だったよ!」
「あたし、別に似合ってなくない?」
「そんなことないよ! 檸檬さんもいい感じにだらけてるし」
檸檬さんの姿は執事というには程遠いものの、着崩した第一ボタンが開かれ、だるそうに袖のボタンがあるべき場所に止められていない。
さらに言ってしまえば、ベストなんかも前はあけっぴろげだし、不良執事と言われたらその通りだった。
だが、それがいい。
檸檬さんにはそれこそがお似合いなのだ。
「調理所あっついからこうしてるだけなんだけど」
「むしろぐっど」
「まぁ、花奈ちゃんがそういうならそうなんだろうねー」
「ありがとね」と、軽くウインクしてみせる檸檬さん。
近くにいた女の子が一人倒れた。
た、確かに、破壊力はすさまじい。
「美里ちゃん! 衛生兵! えーせーへー!」
「俺が行こうか?」
「バカ野郎、セクハラでブタ箱行きやぞ!」
「あはは、美里さんも大概人気者だね」
倒れた美里さんを引っ張って、休憩椅子に乗せておく。きっと数分したら生き返るでしょう。
人一人の重さを運んで疲れた体をぐぐぐっと伸ばし、一呼吸。背中からパキパキと音が聞こえる。
「あはっ! いい音!」
「疲れたんですー」
組んでいた手を外してぷらぷら。
疲れが取れていくようで、若い身体を少し恨む。
「はぁ、幸芽ちゃんで癒されたい」
「文化祭当日はみんなそんなのだよねー」
一応休憩時間が合うことは知っているし、なんだったらもうすぐその時刻だ。
でも残業、もといお願いされてしまったら、幸芽ちゃんはなんだかんだ手伝ってしまうだろう。
仕方ないとは思う反面、わたしのこと優先してくれないかなー、という少し黒い感情が湧き出る。いやいや、そうじゃないでしょ。まぁ、ちょっとは考えちゃうけど。
「おっ、噂をすれば」
「へ?」
クラスの入口のそばできょろきょろと女の子を探している少女の姿が一つ。
ふわりとカールした髪の毛を揺らしながら、わたしを見つけたがっているのだろう姿に胸が少しきゅっと締め付けられた。
「ほら、いってらっしゃい!」
「うん、いってくる」
上級生の教室とは独特な圧迫感がある。
おどおどと周囲を見渡す小動物のように入ってきた彼女を、わたしは盛大に歓迎しよう。
「おかえりなさないませ、お嬢様」
「あっ……。これはご丁寧にどうも」
「こちらのお席へ」
下から彼女の手を拾い上げ、もう一方の手で席へと案内する。
そのまま来たのであろう制服姿は、いつ見ても眩しい。
やっぱり、幸芽ちゃんは幸芽ちゃんだ。安心する。
椅子の上でちょこんと座り、メニュー表を確認している。
わたしはといえば、幸芽ちゃん専属でテーブルのそばで垂直に立っている。
「あの」
「いかがいたしましたか、お嬢様」
「メニュー決めづらいんですけど」
「わたしのおすすめはこの雪化粧パンケーキでございます」
「……じゃあそれで」
「かしこまりました」
一つお辞儀して、その場をあとにする。
バックヤードに入った私は、注文を終えて一つため息を吐き出す。
「もっと幸芽ちゃんとイチャつきたい」
「でしょーな!」
あんなカッチカチでイチャつけるはずもない。
だからかっこいいところを見せようかなとも思ったんだけど、空回りしてしまったみたいだ。反省。
「清木さんもうあがっていいよ。夜桜さんと一緒に遊びたいでしょ?」
「回る?」
「少なくとも落ち込みがちの清木さんがいるよりは」
「ん、ありがと、館色さん」
パンケーキを片手に、一番上のボタンを外してしばし楽な姿勢で幸芽ちゃんの元へと戻ってくる。
彼女は少し驚いていた。
「あれ、姉さん?」
「足手まといのお前はあがっていいよーってさ」
「姉さん、ちゃんとやれてるんですか?」
「できてたでしょー、さっき!」
これでも研究に研究を重ねた最高の執事モデルなんですよ!
なのに幸芽ちゃんは塩反応だったんだもん。そりゃすねちゃうよ。
「冗談ですって。それに、執事姉さんは結構キマってましたよ」
「どのぐらい?」
「んー、メイドカフェレベルで」
「そりゃよかった」
テーブルに出したパンケーキを小さく一口サイズに切り取ると、幸芽ちゃんはわたしにフォークを差し出してくる。
「え、なにこれ」
「ご奉仕には褒美が必要だと思って」
「……幸芽ちゃん、今日どうしたの?」
「どうもしてません。ほら、分かりますよね?」
そりゃあ、もう。
親鳥から餌をもらうように、小鳥よろしく口をあーんと開く。
口の中に入れられたパンケーキを受け取ると、もきゅもきゅと口の中で味わう。
「試作で味わった時より数億倍美味しい」
「何にも入れてないですよ?」
「幸芽ちゃんの愛が詰まってたよ」
「そ、そうですか」
なんともとろけるような会話だ。
でも幸芽ちゃんといつまでもそんな会話が出来たら、わたしはそれだけで幸せいっぱいだ。
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