第10話:朝のチャイムと、わたしの決意

「マジ?! 相手誰よ!!」

「聞かない約束じゃなかった?」


 あ、そだっけ。

 と言われて初めて気付いたかのように、舌をぺろりと出して反省のポーズを繰り出す。

 気になる気持ちはわかる。わたしだって逆の立場で、檸檬さんが誰かに告白しようって思ったら、相手が気になってしまうかもしれないのだから。


 でも言えない。相手が女の子であるから。

 こういうのって、たいてい男→女、みたいな異性に対しての愛の告白が主流だ。

 わたしだって自分のこと、ちょっと変だって思ってるけど、そういうもんだから仕方がない。


「めっちゃ気になる……」

「あはは、でも言わないよ」

「記憶喪失してから一日。身内を好きになったと見た!」

「もう! 詮索しない!」


 涼介さんではない、と言う情報を出した以上、わたしの否定はもう確定事項なのではなかろうか。

 顔を真っ赤にして、口に出したときには時すでに遅し。

 考える素振りからの、ハッとした表情がぐにゃりと歪む。


「なるほどねぇ……」

「な、なにが……っ?!」

「いやぁ、そういうのも悪くないと思うようん。お姉ちゃんと妹ちゃんの恋愛。うんうん、悪くない!」

「ゃ、や! そういうのじゃ、ないと……。うぅ……」


 これは完敗だった。

 顔を赤らめて、その事実を肯定してしまう。

 一つため息を吐き出して、よき理解者であり、隣人でもある檸檬さんに真実を告げることにした。


「その……。幸芽ちゃんが好きです。はい」

「かわいいよねぇ、幸芽ちゃん!」


 よく言えました、と言わんばかりに頭をナデナデ。

 嬉しいけど、それはそれとして真実を告げてしまったという気恥ずかしさが勝ってしまって、何も言えなくなってしまった。うぅ……。


「一緒にいる内に相手を愛してしまう。けれど、相手は女の子で……。禁断の恋が始まる……! 的な?」

「うぅ、やめてよもう」


 にはは、と笑って金色のサイドテールが揺れる。

 笑い事じゃないんだけどなぁ。


「でもあたしはすごくいいと思うよん。応援してる!」

「ありがと。でも面白がってるよね」

「もち!」


 ドヤ顔しながら、親指を突き出したグッドサイン。むぅ、踊らされてるな、わたし。


「まっ! 相談に乗ってあげっからさ! どんな感じよ」

「どんな感じって。まー、向こうは脈なしって感じかな」


 協力者を得た(得させられた)わたしは現状について相談することにした。

 とは言っても、記憶がある昨日からの話だけであり、その概要を伝えても檸檬さんはあまり納得がいっていないようだった。


「なんか劇的なー、みたいなのもないんね」


 あるにはある。わたしにとって劇的な、彼女にとって知らない『わたし』としての真実。

 でも転生前のことだから、言っても分からないだろう。あと恥ずかしいし。


「恋って落ちるものだってよく言うし、そういうものじゃない?」

「そうなんだけどさー。花奈ちゃん、なーんか隠してそうっていうか……女の勘的に」

「そ、そうかなー」


 隠してまーす!

 あまり大きな声で言えない理由だから伏せているのに、この女は……。


「まーいっか。告白をいつにしようか、って話でしょ」

「そうそう。すぐにでもいいけど、記憶喪失二日目で告白とかはちょっと……」


 実は記憶あるんじゃないですか? なんて言われたら、目も当てられない。

 記憶はあるんじゃなくて、上書きしてしまったからただただないだけなのだ。


「んー、別に言ってもよくない?」

「……それ本気で言ってる?」

「言ってる言ってる! 思い立ったが吉日っていう言葉もあるっしょ! あれと同じよ!」


 それはそうかもしれないけれど。

 納得できない理由に、首を傾げてしまう。

 でも、案外そんなものなのかもしれない。好きと伝えることに臆病になっていたら、一生言えるものも言えない。

 だったら真っ直ぐズドン。ど真ん中の最速ストレートで幸芽ちゃんのハートを射止めることこそが、一番の近道かもしれない。


「よし、分かった。今日の放課後、告る!」

「よしきた! 応援してるよ!」

「うん、ありがとう」


 朝のチャイムと、わたしの決意。

 ずっと言えなかった気持ちを、どうやって口に出そうか。

 どんな気持ちを、わたしは口に出せばいいのだろうか。

 考えれば考えるほど、ドツボにはまっていく気がするけれど、彼女を知った当時のことを思い出せば、答えは自ずと見つかっていくのではないだろうか。


 ぼんやりとわたし自身の気持ちに向き合いながら、わたしは授業を受けていくのだった。

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