第47話:他愛のない日常と約束

「うちの出し物はそんな感じかな。そっちは?」

「私のところもカフェですね。厳密にはかぶってないですけど」


 そりゃそうだ。TSカフェなんてそう簡単にあってたまるか。

 本日も幸芽ちゃんと一緒に家への帰宅道を歩いている。

 いつもなら一緒にいる涼介さんだが、今日は別の用事があるとのことで、こうして幸芽ちゃんと二人っきり。

 二人っきりの時間は恐らくあのお墓参りの時以来だ。


「カフェかー。てことは幸芽ちゃんの制服姿も!」

「私は調理担当です」

「えー。幸芽ちゃんメイドは絶対栄えるって!」

「それだったら希美さんの前ならいくらでも」


 えっ? 今聞き捨てならないことを耳にしたんだけど。

 幸芽ちゃんも、あ。と口に出してから、手で口元を隠す。


「忘れてください」

「忘れたくない思い出ってあるよね」

「希美さん!」

「あはは! でも見たいなー、幸芽ちゃんのいい感じのコスプレ」


 メイドというといろいろな形がある。

 例えばメイド喫茶のフリフリがいっぱい付いた制服。

 彼女はかわいい系だし、そのジャンキーなメイド服の方が似合うだろう。

 クラシックなメイドも捨てがたい。ふんわりとした髪をまとめれば、サマになること間違いなしだ。

 でも幸芽ちゃんのふんわりとした髪の毛を削るのは忍びない。

 やはりフリフリか。がっつりと、いい感じの……。


「希美さん、変なこと考えてません?」

「え? あー。ナンノコトカナー」

「はぁ……。まぁいいですけど」


 結んでいた手をきゅっと再度握られる。

 幸芽ちゃん、こういうところは結構分かりやすい。

 本当は気になってるくせになぁ。かわいいやつめ。


 こうして二人っきりの時はわたしのことを本名で呼んでくれる。

 この世界で二人だけの空間。世界とは完全に切り離された『わたし』を肯定してくれるわずかな時。

 それが今なのだ。


「にしても、やっぱりガチ恋相手にこう呼ばれるのってまだ慣れないや」

「そんなものですか?」

「幸芽ちゃんは一種のアイドルみたいなもんだからね」

「アイドルって、また大げさな」


 大げさなんかじゃないんだけどな。

 実際アイドル衣装を着たイラストを見たことあるし。


「アイドル幸芽ちゃんもきっとかわいいんだろうなぁ」

「でも、毎日会えなくなりますよ?」

「そこはわたしだけのアイドルでいて!」

「強欲ですね?!」

「わたしは幸芽ちゃんに対しては貪欲でありたいのー」


 恋人つなぎで絡めた腕をこちらの胸の方に抱き寄せる。

 さすがに驚いたのか幸芽ちゃんも少し困惑した様子だった。


「嫌?」

「嫌じゃ、ないですけど」

「ならよかった」


 この恋人腕固め(正式名称不明)は歩きづらい。

 足は絡まりそうになるし、重心が傾いていて、歩くのすら一苦労なんだけど、それは幸せの前の愛の障壁とでもいうべきなのかもしれない。

 たった今考えた理屈だけども、そう考えた方がきっと面白い。


 幸芽ちゃんは何か考えるそぶりで、わたしの肩に頭を傾ける。

 なんだろう、急に。

 まずったことしちゃったかな。


「あ、いえ。そういうのじゃなくて。私、希美さんのこと全然知らないなって」

「そう?」

「ずっと姉さんだと思ってたから、希美さん自身のことってあまり聞いたことないなって」

「語るほどのことじゃなかったから」

「……ほどのことですよ」


 幸芽ちゃんが傾けた身体をいったん離して、わたしの胸元へと飛び込むように抱きつく。

 ちょ、ちょちょい! 幸芽ちゃん?!


「希美さんのこと知りたいです。それが、その……。恋人の役目、と言いますか」


 もじもじと口を動かすと、こぼれた息が胸元をくすぐる。

 少しゾクリと電気のようなものが走った気がしたが、きっと気のせいだろう。

 幸芽ちゃん相手ならそれでも、悪くはないかなと思っているけれど。


「とにかく! 知りたいんです、誕生日とか」

「誕生日……確か文化祭の二日目だったかな」


 漠然とした記憶しかないから、具体的なことは覚えていないけれど、確かそんな時期だったはず。

 年齢を取るのと、自分へのプレゼントという名目しか活躍していなかった誕生日だ。

 特に思い入れがあったというわけでもなかったけれど……。


「じゃあその日に一緒に祝いましょう」


 そう言ってくれるなら、ここに生まれた甲斐というのもある気がする。


「うん、その時はとびっきりのキスとかしてくれると嬉しいなー」

「す、するわけないじゃないですか!」


 さすがに分かってた。

 意地っ張りと恥ずかしがり屋をコンクリートミキサーでかき混ぜたガッチガチの防御力。

 それが幸芽ちゃんだもんね。

 でも期待してる。やっぱり好きな人からのキスが一番のプレゼントだと思うし!


「欲しいなー。ほら誕生日って主役のことでしょ? 主役の言葉はー?」

「絶対、じゃないです」


 かわいいなぁもう。

 ふわっとした、先の方が少しくせっ毛の幸芽ちゃんの髪をそっと撫でる。

 まだまだ残暑が厳しいのか、少し汗ばんだ髪が手のひらに吸い付く。


「ね、幸芽ちゃん」

「は、はい。なんですか?」

「ありがとうね、いつも」

「……大したことありませんよ」


 あるんだよ、まったく。

 何度も頭をなでながら、胸の中にあるぬくもりをしっかりと噛みしめるのだった。

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