第36話:肌から伝わる想いの種

「流れるプーーールーーーーー!!!」

「…………」


 バシャバシャと水しぶきを上げながら、はしゃぐわたし。

 なんというか、普通に楽しい。プールってこんなに楽しいものでしたっけ?!


「幸芽ちゃんなんでそんなに無表情なのさ!」

「や、ちょっと姉さんのはしゃぎっぷりにドン引きと言いますか」

「酷い! ひどくない?!」

「いやー、あたしでも流石に元気いっぱいすぎひん? とは。体力もたんよ?」

「体力は使い切るためにある!」

「せめて帰れるだけの体力は余らしてください!」


 だってー、楽しいんだもーん。

 浮き輪のくぼみに身体を入れて、ボケーっとしながら流れる檸檬さんも、ふわふわ水中に浮かんでバランスを保っている幸芽ちゃんも、情緒がないなぁもう。


「分かってるじゃないか、花奈!」

「そ、その声は!」

「これが、イルカさんボートだぁ!」


 他のお客さんに迷惑が掛からない程度の場所にばしゃーんと勢いよくエントリーするのが涼介さん。

 分かってるねやっぱり。男子高校生はノリが大事って偉い人言ってた。


「飛び込みはおやめくださーい」

「すいませーん!」


 ライフセイバーからの声に即時謝罪。

 からのわたしの手を引っ張って、イルカさんボートに乗り込む。


「行くぞ、出発だ!」

「どこに?!」

「そりゃあ、ありったけの夢をかき集めた場所だ!!」

「おー!」


 密着しない程度に、涼介さんの肩に手をかける。

 ここ、注目ポイントね。わたしだって恋人がいるのに無作法な真似はしませんとも。


「あー、どこいくねーん!」

「むぅ……」


 何故だかスイスイ進んでいくイルカさんボートに置いていかれる幸芽ちゃんと檸檬さん。

 個人的には置いていきたくないものの、一周したらまた会えるか。という楽観視から、そのまま涼介さんと行動を共にする。


「二人とも置いて行っちゃったなー」

「なー。てか、まともに二人になるのは久々か」

「お出かけ以来だね」


 周りのお客さんが出した波に身体を揺らされる。

 そっか。あの時のお出かけ以来か。あの時は大変だったというか、あの後が大変だったというか。


「最近、幸芽が楽しそうなんだ」

「へ?」

「家での話な。幼馴染だったけど、お前と幸芽は深い仲ってわけじゃなかったから」


 それは、なんとなく想像に足るものだった。

 花奈さんは元々涼介さんのことが好きで、幸芽ちゃんも同じく。

 わたしが介入したことで、その関係性はおかしくなってしまった。


「あいつは俺を慕ってくれてたけど、一応血がつながってないし。その辺の線引きを間違えるわけにはいかないって思ってたから」


 そして涼介さんと幸芽ちゃんは実際は赤の他人。

 親の再婚でつながった仲なのだから、一見仲がよさそうに見えても、思うところはあったのだろう。


「もしかしたら幸芽には少し寂しい思いをさせてたのかもなって」

「そうかなぁ」

「分からないけどな。でも、最近元気そうに見えるのは確かだ」


 以前より笑うようになったし、怒るようにもなったし。

 そして照れるようにもなって、感情豊かになった。


「花奈のおかげだ。付き合ってるとか恋人とか、そういう関係なしにあいつのことを構ってくれてありがとな」

「……わたしが好きでやってることだから」


 わたしのせいで狂ったとしても、わたしがいたおかげで救われたこともある。

 本心は分からない。けれど伝わってくるものはある。

 それが幸芽ちゃんの素直じゃない不器用な愛だと、信じたい。


「お、一周したっぽいな」

「だね。幸芽ちゃん、めっちゃこっち睨んでるけど」

「まぁ、十中八九俺だろうな。今度は幸芽とクルージングしてくれ」

「ん。ありがとね」

「おう」


 先に陸上に上がった涼介さんが幸芽ちゃんと話し合い。

 そのあと、壁際に密着したイルカさんボートに幸芽ちゃんがライドオンしてくる。

 今度はわたしが前で、幸芽ちゃんが後ろだ。


「兄さんと何話してたんですか?」

「んー? 気になっちゃう?」

「別に」


 そう言いながら、わたしの胴体に腕を回して密着している。

 彼女のモチ肌がわたしの身体にくっついて、すごく動揺というか、興奮してしまいそうになる。

 いかんいかん。相手はまだ未成年だ。そういう感情を抱くのはよくない。


 しばらくの沈黙。

 それから十数秒して、幸芽ちゃんの方から静寂が解き放たれた。


「何も言わないんですね」

「あ、そういう流れだったの」

「いいです。私には秘密ってことで」

「違う違う! ちょっとわたしも涼介さんも恥ずかしい話!」


 一拍置いて、わたしは先ほどの会話を思い出す。

 真実を聞かされた彼女をちらりと振り返れば、幸芽ちゃんは少し恥ずかしそうにしていた。


「なんですか、寂しそうって」

「分かんない。でもあなたの兄さんが言ってたことだし」

「兄さんのバカ」

「あはは! 本当にバカだよねー」


 でもそれが涼介さんのいいところだからね。

 本人の前では決して言わないようなことを口走りながら笑う。


「分かります。兄さんってばホントにバカなんですもん」

「だよねー。幸芽ちゃんの想いに気づかないとか」

「それは姉さんも同じですよ」

「え?」


 腰に回された両腕にチカラがこもる。

 身体は先ほどよりも少しだけ密着度が増す。

 今の流れって、そういうことでいいの?

 幸芽ちゃんの想い人って今は……。


 トクントクン。わたしの胸の鼓動が大げさに音を立て始める。

 待って。待って待って! え、そんなことって。

 決定的な一言。これを言ったら、今言えたら返してくれるだろうか。


「……幸芽ちゃん。わたしのこと、好き?」


 心臓の早鐘がうるさいくらいに鳴り響く。

 もしかしたら、幸芽ちゃんにも伝わってるかもしれない。

 だって後ろから抱きしめられてるようなものなんだよ? それに服だって着てないし。


 そっと振り返る。

 顔はわたしの身体に隠れて、うかがえなかった。


「そのぐらい、分かってください」


 わたしは、その言葉が聞きたかったんだけどな。

 わたしがわたしでいられるように。死なないように。

 それでも。伝わる愛を背中から感じ取って、わたしたちは続く二週目を楽しむのだった。

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