第45話:日本の夏。幸せの夏

 好き、っていうのはなんとなく嫌だった。

 人にはちゃんと好意を伝えろって言うのは分かる。

 けれど、それはそれとして恥ずかしいじゃないですか。

 恥ずかしいことを率先してやる理由はない。

 だけど、彼女は攻め立ててくる。


「幸芽ちゃん、好きって言って!」


 そんな面と向かって前ふりされても、私言えないですし。


「幸芽ちゃん、言ってよー!」


 そんな猫なで声だから人に好かれるんでしょうが。

 周りの人に聞いてみたらどうですか。わたしだけじゃないでしょう?


「だって幸芽ちゃんがいいんだもん!」


 子供ですかあなたは。

 夏休みが終わって、最初の登校日。

 通学路で行われているのは、謎のイチャイチャだった。


「さっきはあんな適当だったんだもん! もっと! ほら!」

「嫌です。あの時限りの限定です」

「そんなー!」


 そんな姉さんが、いつもどおりって感じがするんですけれど。

 ……そっか、いつもどおりか。記憶を失う前。正確には花奈さんとしてのではなく、希美さんとしてのいつもどおり。

 繋がった手を見ながら、私は思考する。

 私にとっては、今がこの日常なんだって。


「どうしたの? 手をまじまじと見ちゃって」

「なんでもないです。行きましょ」


 思えばいろんな事があった。

 最初は本気で利用するつもりだったのに。

 何故か、自然と希美さんのことを好きになっていた。

 ある意味人徳なのか、それとも惹きつける才能があるのか。


 いずれにせよ、私の琴線に触れたのは間違いない。

 好きと自覚してから、いろいろと楽になった。

 夏休みは本当に楽しかったし、夏祭りもすっごく。


「花火のあれ、伝わってなかったのかな」


 想いと、愛を込めて。私が口にした言葉は、あの様子だと届いてなかったみたいだ。

 鈍感な姉さん。まったく、と思う反面。姉さんだからな、と納得してしまう。

 でも、声が届かなかったとしても、私の気持ちはきっと伝わっているはず。

 というか察してほしい。こんな暑さが残る夏に手をつないでるなんて、それこそバカップルみたいじゃないですか。


「マジあっついよな」

「そうだねー」

「お前らもだけど」

「ん?」

「なんでもないぞ」


 兄さんが皮肉めいた何かを言ってきたけどスルーする。

 こんな人、というのは変だけど、元々はこの人が好きだったとは。

 お互いに希美さんのせいで変わってしまった。

 兄さんは気持ち悪い人に。私は同性愛者に。

 それでも、嫌な気持ちはしなくて。


「尊いな」

「なにか言った?」

「なんも言ってない」


 多分兄さんも悪い気持ちはしていないはずだ。

 この難聴お姉さんに少しお仕置きをしてやるとしよう。

 握っている手にチカラを入れてぎゅっと握る。


「いたた、な、なに?!」

「なんでしょうねー」

「もしかして嫉……いたたた!」


 さすがにそんなわけない。

 もうとっくにそのフェーズは抜けたのだから。

 とは言っても、相手は男女なわけで。少し。多少は。微々たるものだけど嫉妬に至るのは確かだ。

 でも姉さんなら問題ないですよね。


「お、やっほ! 花奈ちゃん!」

「檸檬さん! 珍しいね」

「早めに起きちゃってさー。暑くって」

「わたしは徹夜かなー」

「なんで?!」


 どちらかというと、こっちの方が少し心配なわけで。

 友達同士だとはいえ、檸檬さんはちょっと距離が近い気がする。

 兄さんより危険視すべきなのは、この檸檬さんだって、ささやいているのだ。


 ……しょうがない。ちょっと仲の良さをアピールしておくことにする。

 手をつないでいた姉さんの腕に私の腕を絡ませ、胸に引き寄せる。

 いわゆるラブラブカップルの腕を組む行為と言っていい奴だ。


「ひゅいっ!」

「あらあらまぁー」

「ゆ、幸芽ちゃん?! ど、どうしたの?!!」

「なんでもありません」

「なんでもあるからその行動じゃないの?!」

「なんでもありませんってば」

「ふーん」


 その意味を理解したのだろうか。

 目の前の金髪サイドテールのギャルはにやりと笑う。


「いやぁ、かわいい彼女さんだねー、花奈ちゃん!」

「で、でしょー? でもこれはちょっと予想外」

「これはファンクラブ会員も黙ってないだろうなー」

「だからなにそれは?!」


 実は私もよくは分かってないけど、そういうのがあるという噂。

 でもいいです。私だけしか知らない姉さんの秘密、知ってますし。


「ま、いーじゃん! 今度からは幸芽ちゃんのファンクラブの方々とご愛顧しそうだし」

「ちょっと待ってください。それは聞いてませんよ?!」

「檸檬さん何か知ってるでしょ?!」

「しーりーまーせん! 知りたければ、あたしを捕まえてごらんなさーい」


 こんな暑い日に走り始める檸檬さんと、二人で顔を見合わせた私と姉さん。

 そのアイコンタクトだけで、私たちの理解は通じ合う。


「「待てー!」」

「尊いな」


 きっとこの後汗だくで学校に到着するのだろう。

 そう思えば少し気が滅入るけれど、今という時間が取り戻せないのであれば、精一杯楽しむことこそが、故人の恋人である私の務めなのかな。

 なんて、さすがに言いすぎか。


 だから今は考えていたことを棚上げしておいて……。


「どういうことですか檸檬さん! ファンクラブってー!」

「そーだよ! 幸芽ちゃんはともかく」

「ともかくってなんですか?!」


 そのファンクラブって何なのか教えてくださいよ!

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