第25話:寄り道した気持ち

 そっか。

 この世から生まれ出た言葉に、カチリと歯車がハマったような一致を得た。

 幸芽ちゃんは、あの時偶然なんかじゃなくて、あの場にいた……?


「私のこと、好きなんですよね。一番なんですよね?! だったらなんでよりにもよって、私の一番とデートしてるんですか!」

「それは……」


 あまりにも捲し立てるような勢いに思わず戸惑う。

 だってそうだよ。こんなにも、感情をむき出しにした幸芽ちゃんを見るのは、初めてだから。


「っ! すみません。私、は……」


 彼女は、きっともう逃げるだけの気力はない。

 だらりと伸びた右腕が何よりの証拠だった。


「私、ずっと考えていたんです。どうして姉さんが私のことを好きって言ってるのか。ずっと考えても。考えても。考えても……。答えは一向に出なかったんです。だから、今言ってることも全部嘘かもしれないって」

「それは違う! わたしが一番好きなのは――」

「私、って言うんですよね」


 違う。違うの!

 ちゃんと幸芽ちゃんが好きなの!

 わたしが今も昔も、一番好きなのは幸芽ちゃんで……。


「私、ずっと兄さんに恋してたんです」


 ポツリ。少女が語る恋物語は、至ってシンプルなものだった。

 再婚した父方の連れ子。それが兄である夜桜涼介だ。

 不安で胸がいっぱいだった幸芽ちゃんに優しくしてくれたのがその兄なわけで。

 そりゃ弱ったところに付け込まれれば、人は簡単に落ちてしまう。たった、それだけのことだった。


「だから兄さん以外ありえない。私が好きなのは兄さんなんだって、そう思ってたのに!」

「幸芽ちゃん……」

「姉さんが悪いんです! 私と同じ惚れ方して、私じゃできないことばっかして! 挙句の果てには私の兄さんと、デートとか……」


 その目には感情がいっぱいこもっている。

 悔しいとか、悲しいとか。そんな負の感情がいっぱい溜まっていて。


「なんで私なんですか。なんで兄さんじゃなくて私なんですか!! あなたが好きな相手が兄さんだったら諦められたのに、なんで……。なんで、ですか……っ!」


 頬を伝って溢れる感情は、もう止まることを知らない。

 落ちる水滴は地面を悲しみ色に染め上げる。

 気づけば、膝をついた彼女は、わたしの方を見てくれない。


 確かに、そんな未来もあった。

 原作であれば、間違いなくハッピーエンドだったかもしれない。

 だけど、わたしにそんなバッドエンドはいらない。

 うつむく彼女に頭をそっと抱き寄せる。抵抗するかと思ったけど、無抵抗のまま、わたしに身を委ねてくれた。


「わたしさ。ずっと昔から幸芽ちゃんのこと好きだったんだ」

「……嘘です」

「ホントだよ。うん、ホント」


 わたしという正体がバレるかもしれないとか、そんなの、もうどうでもいい。

 謝って許されることじゃないのは分かっている。それでもわたしは……。


「ずっと前にね、幸芽ちゃんが言ってくれたの。よく頑張ったねって。その時、いっぱい頑張りすぎて疲れちゃったわたしのことを癒やしてくれたのは、他でもない幸芽ちゃんなんだ」

「そんなこと……」

「わたしはちゃんと耳にした。聞いた。感じた。それで、もうちょっと頑張ってみようって、そう思えたの」


 きっかけは些細なものだったかもしれない。

 だけど、人生を大きく変えたものなのは事実だ。

 だって人が一人死んじゃってるんだよ? そりゃ大きく変えたって言っても過言じゃないよ。


「だからずっと前から好き。それだけは信じて」


 胸元でもぞりと頭が動くのを感じた。

 仕草が相変わらず可愛いなぁ、もう。


「……じゃあ、なんで。兄さんと」

「あれはー、そのー……」


 えぇい、言うしかない!

 サプライズが台無しだけど、仲の良さには変えられない!


「幸芽ちゃんとデートする時に、いい感じにエスコートできないかなーって。えへへ、結局できなかったけど」


 ポカーンと開けた口が横に小さく結ばれる。


「嘘です。姉さんは、私のことなんて忘れて――」

「そんなことない! ……神様に誓って、そんなことしない」


 あのカミサマに誓うなんてしたくはなかったけど。

 それでも、この事実だけは信じてほしかった。


「わたしの一番は幸芽ちゃんだけ。ずっと、あなただけを見てきた」

「あなたは……」


 幸芽ちゃんは次に出る言葉を吐き出そうとして、閉じる。

 代わりに出てきた言葉は、意外にもあっけないもので、幸芽ちゃんの根負けを感じた。


「はぁ……。そうだったんですね」

「そうだよ。はぁ、サプライズ台無しだぁ」

「……そっか、私のために」


 瞳を細めて、嬉しそうに頬を緩める。

 え、な。なんかすごく可愛いんだけど?!

 そんな赤く頬を染めて……。ゆ、夕日のせいかなー! あ、あはは……。


「姉さんも、照れてますよ」

「へ?!」

「顔、赤くなってます」

「えーっと……。夕日のせいかなー」

「じゃあ、私もそれで」


 クッションを抱きかかえるように、わたしの胸へとダイブする幸芽ちゃん。

 あ、あれ? なんかちょっと積極的になってません?

 お姉さん結構テンパってますけど?!


「ゆ、幸芽さん……?」

「やっぱり姉さんの胸、おっきい」

「幸芽さん?」

「それに、いい匂い」


 ど、どうしよう。ちゃんと身体洗ったっけ?

 好きな人の匂いがいい匂いって誰かが言ってた気がするけど、つまりそういうことでいいんですか?

 いやいやいや! そういうのじゃないでしょ絶対!

 幸芽ちゃんが好きなのはは涼介さんの方で、わたしじゃない! だから好き勝手してるんだもん。


 ……万が一わたしの方が好きとか言われたら、参ってしまう。頭が。

 でも、あんな幸芽ちゃんが気を許してくれたのなら、まぁいっか。

 くすぐったい胸元と、こそばゆい気持ちで胸がいっぱいになる。

 今日の晩ごはん何かな。そんなことを考えることで、気をそらそうと思う。


 だって、これ以上幸芽ちゃんのこと好きになったら、どうにかなっちゃうし!

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