第16話 金貨使いの怪人VS森の小さな暴れん坊3

「あちしは……まだ……闘えるじょ」




 自分の吐いた言葉を拒絶するかのように、あちしの体が悲鳴をあげた。


 お腹の中が、ぐちゃぐちゃに潰され、息をするのも辛いし手も足も上手く動かせないじょ。激しい痛みのせいで、意識だけは何とか保っていられるけど、気を抜けばきっとあちしは、これ以上闘えなくなってしまうじぇ……




 かつて、あちしの父様とPTを組み、英雄と呼ばれたおっしゃんを見据える。


 不思議な金貨の力を使うおっしゃんに、良いように踊らされ、最後は何をされたのかも解らずに、頑丈なあちしが一撃で沈められてしまった……悔しさと自分の不甲斐なさに自然と涙が頬を伝っていく。


 あちしは強くなりたい……強くならなきゃいけないのに……




「ぬあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」




 痛みを誤魔化す為に声を上げ、まともに動かない体に鞭を入れる。


 おっしゃんに再び、攻撃を仕掛けると焦った表情を一瞬見せるが、あちしの足が縺れ、また無様に地面へと倒れ伏してしまった。


 どうにもならないあちしの体に苛立ちを覚え、何度も何度も拳を地面に叩き付け、おっしゃんを睨め付けると、おっしゃんはあちしのよく知る眼差しで凝視めていた。


 あちしの全てを拒絶する眼差し……


 その瞳は、あちしを孤独にさせる。独りは嫌じょ…… 独りはあちしの心を壊していく……


 あちしは、泥の中に沈んでいく様な気持ちを抑えきれず、堰を切ったよう様に大泣きした。












 醜いエルフ擬き。


 幼少の頃から故郷の森であちしは、里の皆んなにそう蔑まれ育ってきたじぇ。


 皆んなと姿形が違うだけなのに、同年代の子供達はあちしを汚いモノでも見るかの様に遠去け、あちしが不意に近ずくと子供達は石を投げつけたじょ。




「近寄るな!醜いエルフ擬きがっ!!」




 エルフ族は森の神によって創造された己等の美しい容姿に誇りを持っていて、其れは小さな世界で生きるエルフ達になればなる程その考えは顕著になっていくんだじょ。


 あちしは神様の失敗作…… 里では誰も友達にはなってくれず、何時も寂しく森の中を一人で遊んでいたんだじぇ……




 でも、そんな醜いエルフのあちしでも愛してくれた人がいたじょ。……あちしの大好きな母様。


 体の弱い人で、ずっとベッドに寝たきりだったけど、あちしに何時も木漏れ日の様な温かな笑みを浮かべ、枯れ木の様な手で愛しそうにあちしの頭を撫でてくれる優しい母様。


 そんな母様は、時折あちしに手紙を読み聞かせてくれる事があったんだじぇ。母様に宛てられた手紙の主の名はルルカン。あちしが生まれる前に死んでしまった冒険者稼業を生業としていた父様の名前。


 父様から送られてきた何百とゆう過去の手紙を、母様は懐かしむ様に眺め、あちしに手紙の内容を聞かせてくたじょ、日常の話から、ダンジョンでの冒険の話、病弱な母様を心配する話、そして、もうすぐ産まれてくるあちしに早く会いたいという言葉。


 子供心に胸が締め付けられる想いをした記憶は今でも憶えているじょ。




 ――父様は、こんな醜いあちしを愛してくれたのだろうか?――






 白い雪が辺りを真っ白に染め上げ、長い静寂が森を支配していた時期ころに母様が森へと還った。


 母様は、あちしが産まれる以前から不治の病に侵されていて、あちしを産んだ事で余命幾ばくもない命となっていたんだじょ。


 母様を森へ還したあの日、ただ、ただ、泣きぐずる小さなあちしに里の長老が平坦な声で語りかけたんだじぇ。




「英雄ルルカンとその妻ナナイに免じて、まだ幼いお前を生かして置いてやる。……お前は我らエルフ族の恥部だ。その醜い姿を儂等に晒す事も、部屋からの外出も一切許さん。……いいな?」




 それは、拒絶の眼差し、あちしの全てを拒むその瞳は、長老だけのものではなかったじょ。


 遠目であちしを見る里の大人達の瞳に、あちしはこの小さな世界で、本当の独りぼっちになったのだと理解させられたんだじぇ……




 孤独となったあちしは、家に出る事も許されず、ただ無為に時が流れていく景色を窓から眺める生活が続いていたんだじぇ。


 そんな日々の中で、父様が母様に宛てた数多くの手紙だけが、あちしの孤独を紛らわせてくれたじょ。


 特にあちしが目を引いた手紙は、父様とその仲間達との間で繰り広げられた冒険譚が綴られていた手紙だったじぇ。


 其々の想いを胸に、今まで誰も成し遂げる事が出来なかったダンジョンを制覇しよと、苦楽を共にしながらも仲間達と数多くの修羅場を掻い潜り、一歩ずつ着実にダンジョンを踏破していく父様達の姿を多くの人々が讃えていく。父様と仲間達が英雄へと至っていく物語。


 何十という季節が巡り、何度も手紙を読見返していくうちに、あちしはいつしか父様達の様な英雄に憧れを抱き、強さに拘泥する事になるじょ。


 英雄と呼ばれるほど強くなれば、あちしは皆んなから認めて貰える。誰もいないこの小さな部屋で、孤独に心を蝕まれる事もない……


 強くなりたいと心に誓ってから、無為に時が流れていた外の景色が何時もと違うものに感じた。そして、少しの時が経ったある日、あちしに転機が訪れたんだじょ。










「お前がルルカン兄様とナナイの娘か?」




 あちしを訪ねにきたエルフの女性は、あちしが今迄見たどのエルフよりも美しいと思える程のエルフだったじょ。プラチナブロンドの長くて美しい髪を肩口に纏め、均整の取れた身体に、息を呑むほどの整った顔立ち。冷淡そうな表情をしているが、あちしを写す瞳はとても温かなものだと、直感で感じる事が出来たじぇ。




「うぅ……あ、あぁ、ちし……」




 永い間、独りぼっちだった弊害で言葉が上手く話せなかったじょ……


 でも、このお姉さん誰なんじょ?何処か懐かしい感じがするのは気のせいなんだじぇ?




「初めまして、ナナミン。私の名はエネ。私はお前の叔母さんだよ。と言っても、年がいってる方のオバさんじゃないぞ。分かるな?」




「お…… おば……さん? あちしの」




「あぁ。私はナナミンの父様の妹なんだ。それにしても…… 随分と永い間、独りきりにさせてしまったな」




 エネと名乗る彼女は、あちしに視線を合わせようと両膝を床に付けると、衣服もボロボロで食料も生きるのに最低限の物しか与えられず、ガリガリの見窄らしい姿のあちしを観て、そっと包むように優しく抱き締めてくれたじょ。




「本当にすまない…… いい訳にしかならないが、長老からは出産直前にナナイと共に、お前は死んだと聴かされていたんだ。しかし、最近になってお前が既に産まれていて、永い間、酷い扱いを受け軟禁状態だと信用できる者から聴かされてな。ナナイが死んだと聴かされた時に、すぐにでも里に帰っていればと後悔しているよ」




 あちしを抱き締める彼女は酷く震えていたんだじぇ。


 何処か痛い所でもあるのかな?と抱き締められた体をよじって彼女の顔を窺うと、彼女の美しい瞳から大粒の涙が止めどなく溢れていたんだじょ。




「……ルルカン兄様とナナイが残した愛らしい宝物を、私は取りこぼさずに済んだ。姿形が違うからといって迫害し、閉じ込めた里の屑共のように、私はお前をこれ以上独りぼっちにはさせない。ナナミン、私と一緒に里をでよう」




「里を出る? ……あちし、外に出てもいいのじぇ?」




 この閉じられた小さな世界からの解放。それはあちしにとって望外の言葉だったじょ。


 外の世界にはモンスターがいる。そいつらを糧にして強くなっていけば、父様達のような誰からも認められ讃えらる英雄になる事が出来る。




「あぁ。私と共に行こう。ナナミン」




 まだ幼いあちしの中で大きく燻る欲望を叶える為、彼女から差し出された手をあちしは強く握り返したじょ。




 欲しいモノはこの時、既に手に入れていたのに、この頃のあちしは、それに気付かないままに強さを求め、その結果、あちしは叔母上をこの手で壊してしまったんだじょ――

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