金貨使いの怪人《ファントム》

おにぎり(株)

1章 怪人の帰還

第1話 金貨使いの怪人1 

 超巨大ダンジョン都市『アルカディア』


 都市の中に七つのダンジョンが存在し、『迷宮王』と呼ばれる七柱の神々に支配、管理されたその巨大ダンジョン都市は富と名声をもたらす地上に住まう全ての知勇ある者達にとっての黄金郷である。


 ダンジョンで発見されるレアなアイテム、凶悪なモンスターから獲れる高純度の魔石や良質な素材が高値で取引され、幾百の冒険者達が巨万の富と名声を掴み、幾万の冒険者たちがその栄光を掴む事なくダンジョンの闇に沈んでいった。






 神々は大いに愉しむ。


 己の持てる全てを賭けてダンジョンに挑む矮小な者達の蛮勇に。




 神々は大いに嗤う。


 己の力量も弁えずダンジョンに挑む憐れな冒険者達の凄惨な結末に。




 神々は大いに悦ぶ。


 己らの力によって絶望の淵へ叩き込んだ筈の男が再びダンジョンに挑み足掻き続けるその様を――








 ダンジョン都市アルカディアには七つの内の一つに『第一区』と呼ばれる洞窟型のダンジョンがある。


 第一区には光源岩と呼ばれる色とりどりの淡い光を放つ大きな岩々がそこら中にあり、洞窟特有の静寂さも相まって幻想的な美しさを誇っている。


 浅い階層限定ではあるが、比較的倒しやすいモンスターが現れ日銭を稼げる程度には儲けが出るので実力がそれ程でもない殻の付いたヒヨッコ達にとって人気のある場所だ。


 そんなルーキー御用達のダンジョンで、ある怪事が頻繁に発生し巷を騒がせていた。






「なぁ聞いたか?オルゼンの話」




 双剣を腰に携えた男が何気なくふった話題に、共にダンジョンを探索している臨時で組んだ冒険者仲間達が各々に返答をした。




 大楯を背負った寡黙そうな大男が静かな声で




「あぁ。あいつ以外のPTメンバーが同業殺しマンハントに殺られたって話だろ?」




 身軽そうな装備を身に着けた耳の長いエルフ族の優男が周りを警戒しながら




「同業殺し討伐の為にギルドも本腰を入れて凄腕の冒険者に依頼したって話ですね。オルゼンさん達もついてない」




 全身白のローブを身に纏ったかわいらしい少女が困り顔で




「あの。同業殺しって何ですか?」




 大きな胸部が服から零れ落ちそうな糸目の女が、自身の持つ杖を弄りながら




「ソフィちゃんはまだアルカディアに来て日が浅かったわよね。最近、このダンジョンで私らの様な臨時で組まれたPTを殺し回ってる頭のイかれた同業の屑野郎がいるのよ」




 この年若い男女の五人組PTが話す同業殺しとは、二カ月程前に突如として第一区の浅い階層に現れ臨時で組まれた冒険者PTだけを狙い殺し続けていた。


 全滅から免れ生き残った冒険者も僅かにいたが、突然同じ冒険者に襲われたと証言したのにも関わらず、何故か誰一人として犯人の容姿を思い出す事が出来ないなど、何とも曖昧な一部記憶の欠損がみられた。


 神々が管理する神聖なダンジョン内で冒険者同士の殺し合いを否とする冒険者ギルドの上層部は大いに頭を悩ませ、この目的も動機も解らない不気味な冒険者を人々は畏怖と侮蔑を込めて同業殺しと呼んだ。




「そんな危険な人がいるのに大丈夫なんですか?」




「ははは。危険ってもダンジョンにいる限り危険な目には合うんだぜ」




「そうそう、モンスター然りトラップ然り、その同業殺しが出ようが出まいが冒険者やってればいつ死んでもおかしくないからね。死ぬ覚悟も出来ないような奴がダンジョンなんて来るんじゃないわよって事よ」




「す、すいません……」




「べ、別にソフィちゃんの事を責めてる訳じゃないからね。要は冒険者として心構えが大切って事で……えーと」




「お嬢さん方、お喋りはここまでです」




 斥候役を務めているエルフの男が前方に気配を感じ、他のPTメンバーに緊張が走る。


 大きな岩陰からボロボロの皮鎧と所々刃こぼれし錆び付いた鉄剣を持った毛むくじゃらで二足歩行の獣達がぬらりと現れ怖気を震う笑みを浮かべた。




 「ソルジャーコボルトが二匹か」




 ソルジャーコボルトはコボルトから派生した種で通常のコボルトより知能がそれなりに高く手先が器用で、武器を使い冒険者を襲う。個としては大した強さではないが数匹で行動している場合は連携を使い襲い掛かるので注意が必要とされている。




 「二匹ぐらいなら楽勝ね。連携を使って襲ってくる前に、私の土魔法で串刺しにしてやるわ」




 杖を持った女がソルジャーコボルトに向けて無造作に魔法を詠唱し始めた瞬間、斥候役の男が叫んだ。




 「油断しないで!まだ僕の感知スキルで目視出来ていない敵が潜んでいます!!」




 後方にいる杖を持った女に注意を促そうと振り向いた斥候役の男は驚愕する。


 プレートメイルの鎧をつけ不気味な空気を醸し出す見知らぬ男の冒険者がいつの間にかに杖の女の背後に立っており、極太のメイスを今にも振り下ろそうとしていた。




 「やめ――」




 斥候役の男が、そう叫ぼうとした瞬間に杖の女の頭部は血と脳漿を炸裂させ無傷で残った身体は糸が切れたかの様に前のめりに倒れた。


 時が凍りついたかのようにその場には一瞬の静寂が訪れ、一拍置いた後に口火を切ったものが現れる。






「いやあああぁぁぁぁぁ」




 杖の女の近くにいたソフィの絶叫である。


 それが合図かのようにある一人を除いて、その凄惨な場にいた者達が一斉に動き出す。


 ある者は杖の女を殺した男に斬りかかり、ある者は迫り来るモンスター達の足止めを行い、斥候役の男はソフィの腕を無理やり引っ張り、その場から逃走を図ろうとしていた。






 混乱を極めたその場に、今まで潜んで動かなかったもう一人の黒髪の男が右手に持った金貨を弄びながら笑みを浮かべていた――

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