第15話 金貨使いの怪人VS森の小さな暴れん坊2

 静かな立ち上がりや、後先考えずガンガン攻め立てるタイプやと思ってたんやけどな。


 ナナミンは、今さっきまで俺に襲い掛からんとした狂犬ぶりは鳴りを潜め、距離を保ちただ静かに俺を観察するように眺めとる。正直不気味過ぎや。




「えらい大人しいやん。さっきまで俺と闘いたい言うてたんちゃうん?ほらほら、おっさんは此処におんで。遠慮せずに掛かっておいでや、お嬢ちゃん」




「おっしゃん。あちしはバカだけど馬鹿じゃないじょ。ちゃんと対峙して分かったじぇ。あちしが今迄、闘ってきたモンスターや冒険者達と比べモノにならない程、おっしゃんからヤバヤバな感じがビンビン伝わってくるじぇ」




 ふむ、安い挑発にも乗らんし感もええ、以外にも賢い娘やな。俺の中でのナナミンの評価が爆上がりやで。


 でも、正直この展開は俺的に有り難い。ナナミンの様な超接近戦を主体とするタフな格闘家型かくとうかタイプを相手にすんのは金がかかる。今回、俺が掲げるお題目は、「いかにして金を掛けずに強敵を倒す」やからな。てな訳でナナミンには暫くの間、遠くで釘付けになって貰いますか。


 何時もの如く、両の腕を広げると観客席にいる冒険者達が一斉にざわめきだす。


 そら、大量の金貨が何処からとなく現れて宙に浮いとったらビックリもするわな。


 しかーし!ビックリすんのはこれからや、とくとご照覧あれやで。




「ほな、お見合いしてても始まらんし、俺から仕掛けさせて貰うで!」




 小手調べとして放った五枚の金貨がナナミンに向かって一直線に襲い掛かる。ナナミンは小さく腰を下し、拳を前に突き出し構えをとると、襲って来る金貨を拳で迎え撃ちよった。


 ナナミンの目にも止まらん拳の連撃が金貨に触れた瞬間、一枚の金貨が派手に爆発し、残りの金貨も連鎖的に爆発していく。黒い煙が濛々とナナミンの小さな体を包見込み、客席から歓声が上がりよる。


 盛り上がってくれるんはええけど、ナナミンには全くダメージは入ってないんよなぁー。




「どう言うつもりじょ…… おっしゃん」




 煙が晴れていくと、声の主が苛立たしげに仁王立ちをしとる。


 俺が生成した金貨は、派手に爆発するだけで殺傷力は全くの皆無や、軽い火傷ぐらいはするやろうけどな。




「中々攻め込んでくれへんナナミンちゃんをおちょくっただけやで。少しは目が覚めましたかー?おっさんは暇で暇でしゃあないで? 早くぅ、攻め込んでおいでよビビリちゃ〜ん」




 出来るだけウザい顔でナナミンを挑発すると、悔しそうな表情をしながらナナミンは地面を跳ね上げ俺に向かって突進してきよった。


 ほっほっほっほ。前言撤回、釣られクマーー!


 ナナミンに距離を詰められんよう後ろに下がりながら、再び十枚の金貨を放つ。ナナミンは御構い無しにノーガードで突っ込できよったが、それはいけませんよ!


 また、金貨がナナミンの体に触れると爆発が起き、今度はナナミンの体が爆発の威力で大きくブレて吹っ飛びおった。ナナミンはゴロゴロと転がりながら素早く体勢を立て直し防御体制をとった。次々と体に張り付いていく金貨の爆発に備えたが、さっきと同じ殺傷力のない派手なだけの爆発を起こしただけやった。




「たはーーっ。ごめんやで。間違えて殺意増し増しの金貨混ぜてもうたわ。もっと、おちょくるつもりやってんけど堪忍してやぁ」




 俺はまたもわざとらしくウザい顔で言い放つ。




「……おっしゃん、そのウザい顔を止めるじょ」




「 あらぁ?ご立腹ですかぁ?このウザい顔を止めて欲しいんやったら、早く本気の一撃を俺に当ててみせるこっちゃ。まぁ、無理な話しやろとは思うけどなぁ!?」




 おうおう。ナナミンの可愛い顔が憤怒に染まっとる、ええ感じや。


 これは持論やけど、戦闘時にとって怒りって感情は決して悪い事やないと俺は思う、自分の持ってる力以上のモンを引き出してくれる事もあるしな。


 でも、手の内も分からんような初見の相手に怒りって感情は無しや、判断を鈍らせ、相手のええ様に踊らされるだけや、俺のような小狡い男にな。










 俺とナナミンの戦闘は先程から変わらん展開になっとった。


 俺が一定の距離を保ちながら金貨を放ち、大量のフェイクと少量の本物を織り交ぜながらナナミンを翻弄していく、当然煽り文句も忘れずにや。


 そんな攻防をしてると少しずつ、少しずつ、俺とナナミンの距離が縮まっていき、とうとうナナミンは俺の懐へと辿り着きよった。




「やっと捕まえたじょ、おっしゃん!!マッシブアップ!!!」




 ナナミンはマッシブアップと言われる筋力増強のスキルを使い攻撃力を上げてきよった。


 相当焦れとったんやろな、ナナミンから歓喜と憤怒で入り混じった表情が窺い知れた。この一撃で今までの鬱憤を全部晴らすって顔や。俺も待っとたで!


 手打ちの軽い攻撃やと意味は無い。今まで散々おちょくり、焦らして煽ってきたんは、確実に来るであろう怒りを込めた強烈な一撃の為や。




「ぶっ飛べぇぇぇぇぇ!!ナナミンパーーーンーーチィ!!!」




 ナナミンの小さな筈の拳が何倍も肥大化したように見えたんは俺の目の錯覚か…… それ程の迫力で繰り出される右拳が、俺の腹部目掛けて弾丸のように飛んできた。俺に届くはずは無いのに、その迫力は俺に死を連想させる。


 俺の用意した切り札の金貨が、突如として人の形をした半透明な壁を創りナナミンの強烈な右拳を阻んだ。


 二つのせめぎ合う力が、人の形をした壁に小さなヒビを入り、それがだんだんと大きく拡がり耳をつん裂く硝子を割ったかのような破壊音と共にバラバラと音を立てて崩れていきおった。そしてナナミンもまた、人の形をした壁とリンクしたかのように腹部を押さえ口から大量の血を吐くとその場で崩れ落ちた。




「上手い事ハマってくれて良かったで……」




 俺が切り札として生成した金貨の能力は「反射」。一度だけあらゆる攻撃を吸収し、相手にダメージを跳ね返す事が出来るんやけど、一日に一枚しか生成でけへん上に、この金貨を生成するだけで他の防御系の能力を持つ金貨を暫く無効化してしまう。つまりこの「反射」の金貨を生成し能力が発動してしまえば俺の身を守る術が暫くの間、無くなってしまうって事や。当たれば砕ける紙ボディの俺にはこの制約は恐ろしすぎる。生成する金額が安くて強力や無かったら、こんな博打みたいな能力は絶対使いたないわ。


 俺が今までイメージして生成した金貨の中には、強力すぎて「窓口さん」に制限や制約を設けられた金貨がようさんあるや……




 まぁ、今回はエネの為に危ない橋渡ったけど、もう懲り懲りやな。ナナミンに勝ったら能力を使った分だけ払うみたいな事言うてたけど、戦い方しだいで、俺の能力は際限無く金を喰うからな。ナナミン相手にほんま安く済んで良かったわい。後で、安く済んだご褒美にあいつのケツを揉ませてもらおう、そうしよう!


 静まる訓練場に、俺は右拳を振り上げかけた。




「「「「うおおおおおおぉぉぉぉ!?すげぇええええええ!!」」」」




 賑やかしく騒ぐ冒険者達を他所に、俺は小さく息を吐きゴチる。




「どんだけ頑丈やねん…… ナナミン」




 震える足を無理やり立たせ、先ほどのダメージで満身創痍な筈の体を気力だけで起こしたナナミンの俺を映す瞳は何かに取り憑かれたかのように不気味やった。


 今ならエネの言った救ってやってくれって言葉の意味が少し分かる気がするわ。




 この娘は、もう壊れかけとるんやなーー

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