第23話 第二区事変3
名も知らぬ一人の女性が、断末魔を上げ醜悪さを凝縮したかの様な異形の物体をこの世に吐き出した後、絶命しよった。
ピクピクと痙攣しながらも、二本の足で立ち上がろうとする小さな黒き異形の者は、ぬらぬらと己の身体に纏わり付いた液体を振るい飛ばし、耳障りな咆哮を俺達、冒険者に向けて上げた。
「グギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!」
「な、なんだありゃ……。ゴブリン?……なのか?」
黒い異形のバケモンが産まれる一部始終を見た俺達、第一区の冒険者達の誰かが小さく呟きおった。
確かにゴブリンの面影はある。やけどアレはゴブリンとは違うもう一つのモノが混ざり合っとる。
肉塊に覆われた街並みに、第2区の住人であろう人々が肉の柱に囚われ、ゴブリンに似た異形のバケモノを産み落とす……。このシチュエーションものごっつ知っとるわ。
「……ゴブリアンってトコか」
「ゼンイチロウ。あのモンスターを知っているのか?」
冷たい汗を噴き出す俺に、エネが心配そうに声をかける。
「俺の故郷の物語に、ある架空のモンスターがおるんや。その姿まんまって訳やないけど、ゴブリンとそのモンスターが合体したらあんな感じかなって思ってな」
でも、確信したわ。この第2区の変事に、
まさか、自分からのこのこ出向いてくれるとはな。要らん手間が省けそうやで。
「叔母上、あの黒いゴブリン。やばやばな雰囲気がぷんぷんだじょ。ランクの低い冒険者が束になっても犠牲が増えるだけじょ」
ナナミンの言葉を引き金にゴブリアンは、縦横無尽に動き回り俺達の前方いる冒険者の群れに単身で襲いかかりよった。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!このバケモノがぁ!!」
ゴリマッチョな大柄な戦士の男が、手に持った斧で叩き斬ろうとゴブリアンに刃を振り下ろすも硬い外皮に覆われているのか、ほんの僅かの刃が食い込んだだけやった。
「ぐっ……。こ、このーー」
ゴブリアンが歪で不気味な笑みを浮かべると、ゴリマッチョに向かって口から黒い液体を吐きかけよった。
「ぁああ。あばぁぁぁあああああああああああああああああ」
黒い液体を顔に吐きつけられた男は、ドロドロと顔が熔け崩れ辺りに異臭を放ちながらその場で崩れ落ちた。ゴブリアンは次々とその場に居た冒険者達を鋭い爪で裂き、穿ち、不揃いに生え尖った切歯で喰いちぎっていきよる。血溜まりと冒険者達の骸が散乱したその場は絶叫が木霊す、まさに地獄絵図の様相や。
「チッ……。不味いな。あの黒いゴブリンかなり手強い。しかも、確実な相手を選んで「格」による成長をしている。このままだとアレ一匹に手が付けられんようになるぞ……」
エネが焦った様にごちると、すぐ様大声を張り上げた。
「Dランク以下の冒険者達は後方に下がれ!!奴の糧になるだけだ!!バイエン、何処にいる!?手練れを引き連れ、囲んで一気に潰すぞ!!!」
「御意!!!既に向かっておりますれば!!」
何処からかバイ爺様の声が聴こえる。あの爺様もエネと同じ事考えとる訳かいな。
「ゼンイチロウ!私達も行くぞ!!」
「お、おう。てか、エネよ。ナナミンの姿が見当たらんねんけど?」
「な、なんだと!?」
ウチのユル珍に限って、ビビって逃げ出す事はないやろうけど、案の定というか、予想道理いうか、ゴブリアンに向かって突進する小さな暴力の化身が、今にも殺されそうな幼さの残る冒険者を救うべく拳を打ち下ろさんとしよった。
「調ぉぉぉ子、乗んじゃねぇぇぇぇじょぉぉぉぉ!!!」
「ギャ!?」
飛び掛かるナナミンを見上げるゴブリアンは、打ち下ろされるナナミンの拳をまともに顔面に受けると、そのまま地面まで勢い良く叩き付けられおった。
叩き付けられた衝撃で、ゴブリアンの顔面がひしゃげ、地面に窪みを作る。バタバタと手脚を激しく動かしたゴブリアンは、突如糸が切れた様にその気持ち悪い動きを止め生への活動を停止した。
「あちしの拳こそが、最強じょ!!」
誇らしげに拳を掲げ、ドヤ顔をかますナナミンに対し周りの冒険者達は畏怖の篭った視線を送りよる。
「や、ヤベェ。まともに刃も通さねぇバケモノ相手にワンパンかよ……人外級の冒険者は伊達じゃねぇな」
「よせ!"暴れん坊"と目線を合わせるな!アレは人とモンスターの区別も出来ない生粋のバトルジャンキーだ!有無もなく襲って来るぞ!!」
周りの冒険者達の心無い言葉にナナミンは目を伏せ、小さく呟く。
「……ノリの悪ぃ奴等じぇ」
「こら!ナナミン!!無茶はするなと言っただろ!?」
エネの拳骨がナナミンのお団子頭に直撃すると、拳を震わせながら痛みに堪え悶絶するエネがその場で蹲った。
そら、カッチカチのナナミンを素手で殴たっらそうなるで、エネさんよ……。
「叔母上、突っ走ってごめんなさいじょ……」
「ま、まぁ。ナナミンのお陰で被害は最小限に抑えられたんや。良しとしようや。お手柄やでナナミン!周りの奴等の事なんか気にする事あれへん。三日前のお前とはもう違うんや。ちょっとずつ、お前に対する意識を変えていったらええ。やから、そんなショボくれた顔すんな」
俺の紳士的なフォローに、少し恥ずかしそうにはにかむナナミン。
「ゴブイチロウの癖にくっせー事言うなじょ。気持ち悪いんだじぇ」
「……うん。照れ隠しにしてもあんまりな返事ちゃうかな?おじさん泣いちゃうよ?」
「しかし、儂らの想像以上に不味い状況のようですな。各地区のギルドが混乱するのも頷ける話ですじゃ」
バイ爺様が、中々の手練れやと思える冒険者達を引き連れ、肉の柱に囚われた人々を見やりながら俺達に近ずく。
「Dランク以下の冒険者は下がらせましょう。彼等では、今回の任務は荷が重過ぎる。数は減るが其れなりの場数を踏んだ者達だけで挑むべきです」
騎士鎧を身に付けた人族のパツキンイケメン兄さんが、エネに進言するも奴は横に首を振る。
「そうしたいのは山々なんだが、先ずはこの修羅場を掻い潜ってからだな」
「え?」
未だ肉の柱に囚われた人々に注視するバイ爺様と共に、エネもその方向に視線を向けると建物の路地や屋根の上、大通りへ通じる道の先に、ひしめき合う様に黒光りした物体供がうじゃうじゃと団体様で押し寄せて来よった。
「おおぉ。すげぇ数じょ」
「ぱっと見だけで、千体以上おるな。ほんまに宇宙ゴキブリみたいや……。逆に笑けてくるわ」
「余裕だな、ゼンイチロウ。お前が一番脆いんだ。くだらん事で死ぬんじゃないぞ」
「皆の者!!此れより修羅場へと突入する!!Dランク以下の者は後方で支援を!!それ以上のランクの者は儂とエネ殿に続けいぃ!!!奴等の悉くを殲滅し尽くすぞぃ!!!」
気炎を上げたバイ爺様が一気にゴブリアンの群れに駆け出し、それに応える様に冒険者達も咆哮を上げながらバイ爺様に追従していきよる。
第一区の冒険者達とゴブリアンの大群との間で、凄惨な戦いが幕を開けようとしていたーー
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