第24話 第二区事変4~幻獣女王の帰還(前編)~

 バイ爺様の気合の乗った号令と共に、千匹以上のゴブリアン供に立ち向かう第一区の冒険者達。

 バイ爺様とエネは、先程のゴブリアンの戦闘を見て物理による攻撃は効果が薄いと判断したのか、高ランクの前衛を防波堤にした後衛による魔法攻撃を主体としよった。

 二人の読みはドンピシャの様で、強い物理耐性を持つゴブリアンは魔法、特に炎系の魔法に弱く決定打とまではいかんにせよ、圧倒的不利な数の差に対してええ勝負を展開しとった。


「後衛に奴等を近付かせるな!!近接前衛の者は、牽制しながら防御に徹し足留めせい!儂や"暴れん坊"の様に余裕のある者はドンドン前を削っていっても構わんぞぃ!!!」


 バイ爺様が腰に携えていた細長い長剣を流麗に動かす度に、長い顎髭が龍の様に棚引き、一振りでゴブリアン達の身体がバラバラに斬り刻まれ崩れていきおる……。

 決して早い動作で剣を振るっとる訳やないのに、何で一振りであんなバラバラ死体が出来上がんねん。俺は、あんな恐ろしい爺にケツを狙われとんのか……。もう、俺のケツはダメかも知れんね……。


「ふおおおぉぉぉぉぉぉ。死にてぇ奴だけ掛かって来いじょ!!今宵、あちしの拳は血に飢えてるんだじぇ!!!」


 ナナミンの奴もエネに無茶すんな言われてんのに滅茶苦茶、暴れ回っとるし……。

 あいつの拳がヒットする度、ゴブリアンはピンボールみたく弾け飛んでいき、拳を受けた箇所が爆散して欠損したゴブリアンの死体が量産されとる。

 あいつその内、野太い声で「お前はもう……死んでるじょ」とか言い出しそうやで。


 兎に角、あの二人の周りだけ不自然に拓けた空間が出来上がって、ゴブリアン供はバケモノじみた強さを見せ付ける二人に二の足を踏んでるようやった。


 問題は後衛で控えとる魔法部隊の指揮をしとるエネのほうやねんけど……

 エネは瞳を閉じ、蒼白い光を纏いながら聴いたことも無い言語で詠唱を開始しとった。


「ゴラァ!どさんピン供!!アタイらのねぇさんが親父呼び出すまで、しっかり気張らんかい!バンバン魔法を撃ちまくるんや!」


「壁伝いに複数のモンスターが急接近……。迎撃、開始して下さい……。右前方、冒険者達の壁が崩れかけています。早急な援護射撃を……」


「ぼうけんしゃのみなしゃん。が〜んばえ!が〜んばえ!チカラのかぎりまーけんな!がんばえ〜」


 いつの間にかエネの周りに少し銀色の毛が混じった赤、青、白、三匹のもっふもっふぁな小さなハスキー犬?が甲高い声で冒険者達に檄をとばしとった。

 何あれ?超かわええんやけど!今すぐ抱き締めて、あのモフモフの毛に顔を埋めてクンカクンカしたいんやけど!犬好きーの俺には堪りませんわ。エネの奴、あんな可愛らしいお犬様を隠しとるなんてけしからん奴やで。……後で一匹譲ってくれへんかな。


「邪魔だぁ!おっさん、こんなとこでボサッと突っ立てんじゃねぇ!!」


「あぁ。……す、すまんな」


 まだ幼さの残る少年冒険者が片腕を失くした血塗れの冒険者を肩で担ぎ、俺の側を足早に通り抜けよった。


「ったく。高ランクの連中が体張って前線で戦ってんのに低ランクのオレ達が、指くわえて眺めていい訳ないだろ!?回復魔法が使えねぇなら、前線で負傷した冒険者を引っ張って来やがれ!!バカヤロウ!!」


「す、すんません!!」


 この歳で、あんな幼さの残る少年にガチ説教を喰らうとわな……。母さん、ポッキポキに心が折れそうです。

 俺の周りには、夜戦病院を彷彿とさせる光景が広がっていた。先ほどの少年の様に低ランクの冒険者達が前線で負傷した高ランクの者達を運んで、それを回復魔法を得意とする者が癒し再び前線へ送り出す。忙しなく行動する冒険者達を横目に、俺はボリボリと気まずそうに頭を掻く。


「完璧、出遅れてしもうた……。てか、エネもナナミンも体力クソ雑魚ナメクジの俺をほっぽり出して先、行ってまうんやもん。もう少し同じPTメンバーとしての配慮があってもええんとちゃうかな?」


「さっきから邪魔なのよ!!おっさん!!」


「ひぃぃぃぃ。すんません!すんません!ほんま、すんません!!」


 うぅ…。おっさん言われる歳でも無いのに皆んな酷過ぎる。周りの冒険者達の視線も痛いし、ここは一発ド派手な金貨の能力を生成して、"金貨使いの怪人"此処に在りって事を知らしめたる!!

 そう思った瞬間に、周りの冒険者から大きなどよめきが起きよった。


「エネ様の詠唱が終わるぞ!?散開し衝撃に備えろ!!」


「おぉぉぉ。なんと神々しく………そして美しい」


「……我らが麗しの"幻獣女王"の帰還だ。神々よ。言祝げ」


 エネに纏わり付いていた蒼白い光が迸り、奴が空に両手をかざすと古ぼけながらも意匠の凝らした重厚で巨大な両開きの扉が上空に出現しよった。


「我が従僕よ。不破の契約に基ずき我が前に顕現し頭を垂れよ。我が名はエネ。汝ら古き獣の絶対女王なり」


 ギギギギギィと重苦しい雰囲気を醸し出しながら両開きの扉が少しづつ開いていくと、無数の蒼白い稲光と共に、巨大な一本の稲妻がエネの眼前に降り注ぎおった。

 落雷の衝撃で地面が抉れ、濛々と立ち込める粉塵の先には、見上げるほど巨大な犬のシルエットが現れ、徐々にその姿が晒されていく。


「親父ぃ!やっと来おったか待っとったで!!」

「パパ……。遅い」

「おとしゃん。ちこく〜。ちこく〜」


 三匹の仔犬達が、賑やかしくきゃんきゃん吠えとる。あ〜〜かわええんじゃぁ。って、そうやない!


「な、なんや、あの馬鹿でかい犬は!?……犬なんか?」


 蒼みがかったサラサラと美しい銀の毛並みに、キリリと整った凛々しい顔立ち、逞しい体躯は王者の風格を漂わせ、あの鋭い蒼の双眸に凝視められた獲物は死を覚悟するやろう。あれ、犬やない狼や……。どないしよ。かっこぇ!メッチャモフモフしたい……。

 巨大な狼はエネの前に伏せをすると頭をたれよった。


「陛下。不破の契約により幻獣"フェンリル"只今、御身の前に。遅参しました事、平にご容赦を」


「良い。急な呼び出しをしたのは私の方だ。許せ」


 エネは狼の鼻筋を撫でてやると、気持ちよさそうに狼が目を細めおった。

 ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃ。エネの奴、なんてうらやまけしからん!!


「お前を呼び出した理由は……解るな?」


 エネの言葉にゴブリアン達に視線を向けた狼は、獰猛な犬歯を剥き出しにしてムクリと巨大な体躯を起こした。


「陛下の御用命、しかと賜りました。あの視るも絶えぬ醜き者達の群れを一瞬にて葬ってご覧にみせましょう……。娘達よ!!もしもの事があってはならぬ。陛下をしかと御護りせよ。良いな?」


「任せときぃ!!」

「了……」

「おとしゃん、まっかせて〜〜」


「ウオオォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!」


 自分の存在を示すかの様に、耳をつん裂く遠吠えを上げた狼は、エネの元を離れ突風の如くゴブリアン供がひしめく前線へと駆け出した。


 遠くへ離れていく狼の後ろ姿を見やり、俺は引き攣った笑みを浮かべる。


「どないしよ……。また、新たな展開で置いてけぼり喰らってもうた……」


 俺のアルカディア金貨一万枚が狼の足音と共に、遥か先へ遠ざかっていく気がしたーー

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