第25話 第二区事変5~幻獣女王の帰還(後編)~

「冒険者供よ!!骸を晒したく無ければ、今から我の降り立つ場所から出来るだけ離れよ!!」


 巨大なフェンリルが前線で踏ん張る冒険者達にそう告げると、強靭な二本の後脚で地面を力強く蹴り上げ大きく跳躍した。

 冒険者達の頭上に大きな影が横切り、バイエンが焦った様に大声を張り上げた。


「エネ殿のフェンリルじゃ!!皆の者、引けぃ!!引けぃぃ!!凶悪な一発が来るぞいぃぃ!!!」

「ふぉぉぉぉ!でっけぇ、わんわんじぇ!!」

「ふざけんじゃねぇ!こんな状況で後ろなんか下がれるか!!」

「そ、そうよ!今、押し留めてる此奴らに後ろなんか見せたら、そのまま押し潰されて殺されるわよ!!」


 ほぼ過密気味の乱戦状態で、背を見せ後退する事は冒険者達にとって自殺と同義であった。

 冒険者の誰もが状況の不味さに焦りを感じた瞬間、空から大量に煌めく金色の硬貨が流星雨の様に降り注いだ。ゴブリアン達の額だけをピンポイントに撃ち貫き、頭部に黒い華を咲かせ、崩れていくゴブリアン達。

 そして、金色の流星雨の後を追うかの如く様々な種類の攻撃魔法が辺りを爆撃していった。


「うおおぉぉぉぉぉ!?一体、何が起きてやがる!?」

「後衛の奴等、無茶しやがって!?俺達ごと殺す気か!」

「知るか!!兎に角、奴等との距離が少しひらいたぞ!」

「下がれぇ!奴等を牽制しながら、今の内に下がるんだ!!」


 後衛の援護により距離を開ける事に成功した冒険者達。瞬く間に移り変わる展開にゴブリアン達の思考に僅かな躊躇いが生まれ、上空よりトドメの追撃を与えんと蒼みががった銀色の狼がゴブリアン犇めく中心地に地響きを立てながら降り立った。


「虫螻供め!我が麗しの君に、かような醜き姿を晒すなど万死に値する!塵芥へと還えしてくれるわ!!」


 数匹のゴブリアンを踏み潰し、その身に纏わり着こうとする醜悪なる者達を鋭い爪で薙ぎ払うと、天を仰いで遠吠えを上げたフェンリルの巨大な体躯に蒼雷そうらいが迸り帯電状態となった。


「我の放つ幾万の蒼き雷に撃たれ滅べ!!醜き者達よ!!」


 身体に帯電していた細い蒼雷の帯が、バチィン!バチィン!と無軌道に動き回り激しい音を立てた。蒼雷の帯はその数を異様に増殖させながら極太の雷へと変化していく。

 フェンリルは、ニヤリと犬歯を剥き出しにすると限界まで体外に押し留め、今にも爆ぜんばかりに膨張した帯の塊を世界に解き放った。


果てなき蒼の霹靂パーフェクト・ブルー


 蒼き雷光がフェンリルを中心に拡がり、周りを染め上げていく。

 雷光に触れたゴブリアン達は奇声も上げる事も出来ず、塵となり。肉の柱に囚われた人々は、胡乱げな瞳で美しく染まっていく蒼の世界を見届け、消滅していった。

 目が眩む様な雷光が収まると、千以上のゴブリアンがひしめき合った場には何も無い更地へと変わり果て、其処には一匹の巨大な獣だけが紺碧に広がる空を仰ぎ佇んでいたーー




 いや、いや、いや、いや、いや、ヤバすぎやろ!?エネさん!!

 俺が眠っとる二百年の間、エネに何があったんや……。俺の記憶じゃ、唯のデキる冒険者ギルドの受付嬢やったのに、あんな恐ろしい幻獣を呼び出す召喚士になってしもうとるし。


「これからエネ様とお呼びした方が宜しいでしょうか?」


「横からいきなり現れて何を言ってるんだ……。お前は」


 気怠そうに俺に睨みを効かせるエネ。こ、怖っ!!


「く、くぅ〜〜〜〜〜ん?」


 俺はすかさず瞳を潤ませ渾身の媚び売りを見せ付けた。


「気持ち悪い顔をするな!?バカイチロウ!!」


 殴られた。なんでや?


「まったく……。だが、良い所で良いフォローを入れてくれた。感謝するぞ。ゼンイチロウ」


「せ、せやろ?いや〜。折角、目立ったろう思ってたのに、お前の幻獣のインパクトに霞んでもうたけどな」


 ただ、活躍の場が無くなりそうやから、焦って適当な金貨の能力を使っただけやけどな……。


「ふふっ。久方振りにヤツを召喚したんで、さじ加減を間違えて魔力を注ぎ過ぎた。危うく冒険者達まで塵にする所だったよ。歳は取りたくはないものだな。自分の衰えを感じるよ」


 気怠そうにしとるんは、魔力が枯渇しかけとるからか。

 しかし、エネが召喚魔法の使い手とはな、この魔法に目覚めるヤツはこの世界で珍しい部類に入るけど、あんな凶悪な力を行使する幻獣を召喚出来んのは、自身のクソ高い「格」と体内で保有されとる底知れん魔力の賜物やろうなぁ。人外級冒険者は伊達や無いって事か。

 俺は、狼の周辺が全て更地になった跡を見やり、はたとある事に気付いてしまう。


「な、なぁ。エネさんよ。ゴブリアンと建物が消し飛んだんはええけど。肉の柱に囚われた人等を消し飛ばしたんは不味いんやない……?えーと……。自首するなら付き合うで……」


 無差別大量殺人犯となった友人を俺は引き攣った顔で窺うとエネは深妙な面持ちで頭を振りおった。


「私の"鑑定"スキルで彼等の状態は視た。もう、……。あんな悍ましいモノを吐き出し絶命するよりかは、幾らか救いのある最期を与えたつもりだ」


「せ、せやけどなぁ。もしかしたら救う方法があったかも知れんねんで?ああなってしもうた理由も解らんのに性急過ぎやせんか?」


 俺を見据えるエネの瞳が、微かに光を無くした様に思えた。


「個人的にお前のその優しく、甘い考え方は嫌いじゃ無い。だが、冒険者としてのその発言なら、私はお前とPTを組みたくは無いな。どんな理由であれ躊躇えば自分どころか仲間すら巻き込んで殺してしまう。二百年も眠りこけて日和ったんじゃ無いか?ゼンイチロウ」


 エネの言葉に俺は何も言い返す事が出来へんかった。躊躇いは冒険者を殺す。例えその時の選択に一考の余地があったとしてもや。冒険者の心得として、ルルはんやおっちゃんに耳にタコが出来るくらい言い聞かされたなぁ……。


「すまん……」


 俺の謝罪にエネが小さな溜息をひとつ吐くと、気まずそうにこめかみを掻いた。


「……私も少し言い過ぎた。すまない。ただ、救う手立ても解らないあの状況で、彼等をそのまま放置する事も出来なかった。お前やナナミン、他の冒険者にもしもの事があるかも知れないからな」


 ほんま、今回はなんやカッコつかへんなぁ……。

 俺は両腕に抱き締めていた赤い毛並みのモフモフに癒しを求めるかのように顔を埋める。


「ところでゼンイチロウ。そろそろ、そのぐったりとした仔を離してやってくれないか?一応、私の召喚獣なんだが」


「いやや。俺の傷付いた心をこの仔に癒して貰うんや!」


「あたい……。汚されてもうた……」


 俺はエネと合流した直後に、すぐさま三匹の内の赤い仔狼を捕獲し、今の今までこの腕で抱き締めとった。

 くっくっくっ。最初はえらい抵抗しよったが、俺の指先テクニックで完璧に堕ちよったわ。


「……イチを離して。……変態」

「じゅうかんダメ!じぇったい!」


 俺の足元をぐるぐると回りながら青と白の仔狼どもが、テシテシと可愛らしい前脚で俺に攻撃して来よる。

 クハハハハハハハッッ。そんな、愛らしい攻撃が俺に通じるかい!!寧ろもっとテシテシしてぇ!さ〜次はどの仔に癒して貰おうかなぁ?

 青かな?白かな?俺の指先が触手のように淫らに動き、二匹の仔狼を毒牙に掛けようとした瞬間、俺の周りに白い光がキラキラと降り注ぎおった。


「何やこれ?」


 白いキラキラは、俺だけやなく隣におるエネ、こちらに向かって来よるナナミン、バイ爺様、後数名の冒険者に降り注いどった。


「この光は、転ーー」


 エネが何かを語ろうとした瞬間、俺の眼前から忽然として消え失せた。

 周りに白い光が降り注いだ冒険者達が次々と掻き消え、俺もまた体と意識が何処かに引っ張られる感覚を覚える。


「転移魔法かい!?くそッ!何処に飛ばーーーー」




 凄腕とされる冒険者達が、突如として消え失せた事に残された冒険者達が大きく騒ついた。

 取り残されたフェンリルもまた、尊き主と娘達の消失に何も行動に移せなかった己に憤るかのように激しい咆哮を上げた。



 これは、後に"第二区事変"と呼ばれ、一人の英雄が死へ至る物語ーー

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