第30話 第二区事変10~断罪者Ⅴ~
『何も出来ずに俺に喰われるだけの雑魚ばかりかと思ったが、中々に粘るじゃねぇか。お前等、最高だぜ』
大きく裂けた口元をニヤつかせ、悦に浸る異形のゴブリン。
異形のゴブリンから距離を置き、満身創痍の冒険者達は互いの視線を見やり確信する。
次の攻撃が通用しなければ、自分達に待っているのは確実な死。
折れかける心を奮い立たたせ、冒険者達は最後の攻撃を仕掛けた。
「ファイアー ボムズ!!」
エルフの男から放たれた無数の火球が異形のゴブリンに降り注ぎ直撃した。
大爆発と共に黒煙が辺りに広がると、異形のゴブリンの周りに四つの人影が蠢く。
最初に動いたのは兎獣人のウーサンだった。
異形のゴブリンの背後を取り、己の獲物である戦鎚を頭蓋目掛け打ち下ろす。
「タイタンスマッシュ!!」
魔力を帯びた戦鎚が風切り音を鳴らしながら、異形のゴブリンの頭蓋を砕かんとした瞬間、ウーサンの眼前に物凄い勢いで巨大な拳が割り込んだ。
巨大な拳は戦鎚を粉々に砕き、その勢いのまま拳に打ち付けられたウーサンの身体は、パーンッと乾いた音と共に血煙を上げながら呆気なく霧散した。
『ウゲッ!勢いよくやり過ぎっちまった。アレじゃ喰ねぇな……』
スキル"肉体変化"により巨木の如く肥大化した異形のゴブリンの右腕。
勢いよく放たれた拳の衝撃波で黒煙が晴れ、二人の冒険者の姿が露わになる。
「よくもやってくれたわねっ!!このバケモノォォォォ!!!」
「くそッ……」
ユーリ、キルナの二人が異形のゴブリンを挟み込む形で襲い掛かる。
「はあぁぁぁぁっ!瞬閃!!」
「ラッシュエッジ!!」
二人が繰り出す斬撃の乱舞に白い血飛沫が舞い散る。
ユーリは、ゆらり
キルナは、即効性の麻痺毒が付着した二刀の短剣で、素早く的確に急所を何度も斬りつけた。
『ウザってぇ、羽虫共が!そんなヌルい攻撃が俺に通じるかよ!!』
傷付けた身体が瞬時に塞がっていく異形のゴブリンの身体に、焦りを覚えた二人の冒険者は一度、距離を置こうと飛び引いたが、横薙ぎに振るわれる巨大な右腕が二人の退路を断とうとした。刹那ーー
凝縮された魔力の槍が異形のゴブリンの側頭部を貫通し行動を阻害する。
『痛ってぇ……じゃねぇかぁぁぁぁぁああああああああ!!』
仰け反り、行動を阻害された異形のゴブリンはギョロリと魔法を放った者に睨みを効かせると、口内で分泌した大量の唾の玉を吹きかけた。
恐ろしい速さで距離の空いたエルフの男に、唾の玉が当たり弾け全身を濡らす。
「うあぁ……ああっぁぁぁぁ……」
美しく整えられた姿形が醜く爛れ、ドロドロと肉や内臓、骨が溶け崩れ落ち、瞬く間にどろりとした血のスープとなってしまったエルフの男。
たった、一呼吸の間で行われた攻防で仲間の二人が殺されても、まだ、ユーリとキルナの瞳は諦めの色には染まっていなかった。
片手で天井にぶら下がり気配を断ちながら、練りに練った魔力で必殺の一太刀を浴びせんと虎視眈々と狙っていたバイエンが動き出す。
体勢を素早く反転し天井を蹴りだすと、異形のゴブリンに上空から死角外の強襲を仕掛ける。
「
バイエンは異形のゴブリンの背後を取り、上段の構えから剣を真っ直ぐに振り下ろす。
本来ならば脳天から股下まで一直線に伸びた線が、たった一振りの斬撃にも関わらず、縦、横、斜め、あらゆる角度からの斬撃線を幾千も残し、対象を細切れにする筈だった。
剣が脳天に届く刹那、バイエンの目の前から異形のゴブリンの姿が搔き消え、剣が空を切る。
「……無念じゃ」
目を瞑り、力無くポツリと零したバイエンの横顔に、破顔した死神が覗き込む。
『残念だったな爺さん。俺に"瞬間転移"のスキルが無かったら、あんたの剣は確実に俺の命に届いていたぜ』
「暴れん坊の目の前から消え失せたスキルか……。発動から間が生じん転移なぞ反則じゃろ」
戦闘時に転移を使用する者はいない。転移は発動から指定の場所に飛ぶまでの間に、僅かなタメと硬直が発生するからだ。命のやり取りをする者達にとって、その隙は自身の死に繋がる。
『知るかよ。文句なら俺をこんな風に創った神って奴に、あの世で言ってくれや』
バイエンの首元を乱暴に掴み、徐々に握力を強める異形のゴブリン。
宙に吊るされた状態でバタバタと虫ケラの様に、蠢き、踠き苦しむバイエンの姿を観て残忍な
「がぁっ……あぁ……ぁが……」
『はっはぁぁっ。苦しいかい?あんたの逝き顔に、俺もイキそうだ』
バイエンの顔から無数の血管が浮き出し、皮膚が紫色に変わると身体が痙攣を起こし始める。
「お祖父様を離せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「ユーリさん!?ダメだ!!」
キルナの制止も聞かず、異形のゴブリンに向かい駆け出すユーリ。
『チッ。今、良い所だろうが……。邪魔すんじゃーー』
心底ウザい表情を浮かべながら、向かってくるユーリに視線をくれると異形のゴブリンの瞳が驚愕で見開かれる事になる。
視線の先で、怒りに身を任せ己に斬りかかろうとするユーリを見たからでは無い。殺した筈のエルフの餓鬼が、上半身だけを起こし光の失った瞳で、此方を凝視めていたからだ。
その瞳は異形のゴブリンの本能に言い知れぬ恐怖心を植え付けた。
「んまあああああぁぁっぁぁあぁっぁぁああああああああああああ!!!」
死んだ筈のナナミンが突如唸り声にも似た咆哮を上げ、身体をビクリと震わせ徐々に巨大化していく。
『……なんだありゃぁ』
「ナ、ナナミン……?」
ユーリ達が見上げるほどに巨大化したナナミンの額から二本の腕が飛び出し、こじ開ける様に額を裂いた。
裂けた額から成人手前ぐらいだと思われる少女の顔が露わになり、身体をよじらせながら、その身を少しずつ晒していく。
その光景は正に、蛹から羽化する蝶の様だった。
一糸纏わぬ姿でふわりと地に降り立つ、背中に虹色の翅を生やした少女。
ウェーブ掛かった長く美しい白髪に、神が見惚れる程に完成された艶のある身体。少し幼が残る顔立ちながらも、その少女には誰もが息を呑む程に完成された美が備えられていた。
閉じた瞼をゆっくりと開き、彼女は宣う。
「あちし、再誕!!」
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