第31 番外編 ハッピーバースデイ!ゼンイチロウ君

「ほえ?今日が、ゴブイチロウの誕生日なんだじぇ?」


「エネ。よう覚えてたなぁ……。自分の事やのに全然、気付かんかったわ」


「たまたまだ。昔、お前がそんな事をポツリと零してたのをふと思い出しただけだ。まぁ、どうでもいい事だな」


 そんな、顔を紅く染めながら言うんやったら、そこは「勘違いしないでよね!」って付け足して欲しかったでエネさん。漢心が分かってへんわ。

 第一区ギルドホールにてモンスターからドロップした魔石の精算待ちをしとる俺達。

 他愛のない会話をしとると、エネが突然、俺の誕生日の話を持ち出してきおった。


「ふーん。ゴブイチロウの癖に、そんなめでたい日があるんじょな。オメデトー」


「ちょ!?汚っ!ナナミンやめて!!」


 興味無さげに鼻をほじくり、ほじくり倒したクソを俺に飛ばすナナミン。

 女の子がそんな事したらあかん!草葉の陰でルルはんが泣いとるで!

 まったく、俺に対するナナミンの塩過ぎる対応どうにかなれへんかな……。


「まぁ、たまたまゼンイチロウの誕生日を思い出してしまったからには、何かしてやらないとな。という訳で、私が今からとっておきの店でご馳走してやろう」


「とっておきの店?」


「第五区に"月ノ葉"という変わった飲み物と菓子を提供する店があるんだがなーー」

「叔母上!?"月ノ葉"の予約が取れたんだじぇ!?すげぇんだじぇ!!」


 エネの言葉を遮り大声で叫びながら、ちょろちょろと忙しなく動くナナミンに、周りの冒険者達が何事かと一斉に俺達の方へと視線を向けおった。


「"月ノ葉"は王侯貴族ですら簡単に予約の取れねぇ、超人気店なんだじぇ!ゴブイチロウだけずるいんだじぇ!ゴブイチロウを血の海に沈めてでも、あちしが"月ノ葉"に行くんだじぇ!野郎ぉ!ぶっ殺してやるんだじぇ!!」


 瞳孔をこれでもかと見開き、トランス状態のナナミン。

 ナナミンがこれだけ興奮するって……エネの奴、そんな凄いとこ連れて行ってくれんねや。


「安心しろナナミン。お前の分の予約も取ってあるぞ。私がお前だけ除け者にする訳ないだろ?」


「ほ、本当なんだじぇ!?ほほーい!叔母上、大好きなんだじぇ!!」


 エネに抱きつき大好きと告げるナナミンに、表情を蕩けさせるエネ。

 相変わらず仲のええこっちゃ。ところでナナミン、いちいち俺の方にチラチラと勝ち誇ったドヤ顔、見せんでええねんで?お前の事、グーで殴りたぁなってくるから……。


「NTRざまぁじょ!」


「お前、言葉の意味分かって使ってんのかぁ!?」


 どこで、そんな言葉覚えて来よんねん!!お父さんが折檻したる!!


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 なんやかんやで、やって来ました第五区。

 屋台や商店が建ち並ぶ、人通りの多い商業通りから少し外れ、入り組んだ小道の先にそれは建とった。

 所々、蔦で覆われ、古ぼけていながらも手入れが行き届いてる感じのこじんまりとした木造作りのオシャンティな建物。


「へぇ〜。なんや、隠れた名店みたいな店構えやなぁ。此処が"月ノ葉"か」


「この店は完全予約制でな、ここのマスターが一日に1組の客しか取らない変わり者なんだ。今回はかなり無理を言ってねじ込んで貰ったよ」


「あちしも一回だけ来た事があるけど、ここの"かふぇおれ"と"月ノ葉君つきのはくん"がメチャうまなんだじぇ!!」


 "月ノ葉君"は、よう分からんけど……カフェオレやと?

 まさか、この店って……。


「さぁ、入るぞ」

「ぐへぇ。楽しみなんだじぇ!!」


 二人がそそくさと店内に入り、俺も釣られるように中に入ると、其処には目の奪われる光景が広がった。


「嘘やろ……? これって桜の木?しかも店の中に?」


 店内の奥面に半円形のガラス張りで囲われた小さな庭が造られとって、人口で造られたであろう小川と様々な草花が生い茂り、小ぶりの桜の木が、美しく咲き誇っとった。

 ヒラリと舞い落ちる桜の花びらに、庭が吹き抜けになっとんのか、光が射し込んで巨大な風景画を観てるようや……。

 それに、俺の鼻腔を擽るこの香りは……。


「如何でしょう?箱庭は気に入って貰えたでしょうか?」


 店の奥から執事服を身に纏い白手袋を着けたロマンスグレーの男性がそんな事を言いながら現れよった。

 オールバックにした白い長髪を黒のリボンで纏め、どこか色気のある顔立ちに涼やかな目元。老いても尚、均整の取れた肉体。

 やだ、この人……めちゃ美初老や。……濡れる!


「マスター、今回は無理を言ってすまないな」


「滅相もありません。エネ様の頼みとあらば、どの様な都合でも付けてみせましょう。エネ様、ナナミン様、ゼンイチロウ様。ようこそ、月ノ葉へ。私が出来うる限りのお持て成しをさせて頂きます。どうぞごゆりとお寛ぎ下さいませ」


 手を胸に当て美しい所作でお辞儀をするマスター。

 めっちゃサマになる人やな〜。

 例の箱庭を眺めながら飲食が出来るように設置された背の低い豪奢な丸テーブルと高級そうな革張りのソファーに座る俺達。


「ご注文は如何いたしましょう?エネ様は炭焼きと月ノ葉君のセットで宜しいでしょうか?」


「ああ、それで頼む」


「ほい!ほい!ほーい!あちし、かふぇおれ!クリーム増し増し汁だくで!後、月ノ葉君なんだじぇ!」


 ナナミン、此処は牛丼屋とはちゃうと思うで……。


「あの、メニュー表とかあります?」


「勿論で御座います」


 温和な笑みで、メニュー表を俺に渡すマスター。

 メニューを確認すると、やはりというか此処は喫茶店みたいや。てか、結構な値段取りよるな……。

 色んな種類の珈琲や紅茶、ソフトドリンクに軽食やら、デザート各種。

 この世界、食文化に関しても中々に高水準で、元の世界に似た食材やら料理が多数存在するんやけど、米とソレを使った料理、そして、俺の大好きな珈琲だけが無かったんよなぁ。

 米料理は無いみたいやけど、まさか、珈琲に出会える日が来るとは……。


「んじゃ、月ノ葉特製ブレンドと、俺も気になるんで月ノ葉君を下さい」


「畏まりました。直ぐにお持ちさせて頂きます」


 マスターは再び胸に手を当てお辞儀をすると、店の奥へと消えて行きおった。


「ぐへぇ。久しぶりの月ノ葉君なんだじぇ。楽しみなんだじぇ」


「御機嫌さんやなぁ。ナナミンの奴」


「そういうお前も口元が緩んでるぞ。此処に連れてきたのは正解みたいで良かったよ」


 元の世界でカフェイン中毒やった俺には、珈琲が飲まれんへん日々がどんだけ辛かったか。

 そら、口元も緩んでしまうで。

 箱庭を眺めながら他愛のない会話を続けとると、マスターがワゴンで商品を運んで来よった。

 音も無く流れるような動作で、次々と俺達の元に商品をサーブするマスター。


「へぇ〜。これが月ノ葉君か。小さいお月様みたいやなぁ」


 月ノ葉君は、浅めのお椀型のパイ生地の台座に、まん丸に形成されたモノが金色の粉でまぶされ、ミント?と思われる小さな葉っぱが添えられとるデザートやった。


「ふわーー。あちしのだけ、でっけぇーんだじぇ!くそでっけぇー金玉なんだじぇ!!」


「こらっ!ナナミン!下品な事を言うんやない!作ってくれた人に失礼やろがい!」


「ふふ。構いませんよ。以前、ナナミン様には普通サイズをお出しさせて貰ったのですが、なにぶん手間のかかるデザートでして、数が作れないのです。その時は御満足頂けなかったのですが、今回は必ず御満足頂けるようスペシャルサイズを御用意させて頂きました」


 ナナミンの元にサーブされた金玉もとい月ノ葉君は、俺とエネのモノに比べ、十倍ほどのデカさがあった。オマケにバケツサイズのカップに生クリームがてんこ盛りのカフェオレ……。


「ひゃっはーー!もう、我慢出来ないんだじぇ!頂くんだじぇ!!」


 一心不乱に金玉を貪り、カフェオレをエールのように煽るナナミン。相変わらず、こいつの食いっぷりは食欲を無くさせるわ……。いっぱい食べる君が好きってレベルやないぞ……。


「ナナミンが私の金玉を…………アリだな」


「あるか!色んな意味であってたまるか!!」


 炭焼き珈琲を啜りながら頰を高揚させ夢想に耽る変態に、思わず俺のツッコミが飛び出した。


「ささ、ゼンイチロウ様も冷めない内にご賞味下さいませ。私、端で控えさせて頂きますので、ご用の際はお呼び下さい」


「あ、すんません」


 高級そうなカップに注がれた珈琲を手に持ち口元に付けると、良質な香りが鼻腔を通り抜けおった。

 何とも言えぬ香りに誘われ少し口に含み喉に流す。


「うん。……ええね」


 苦味と酸味のバランスが絶妙やな。舌に残る豊かで柔らかなコクが口の中で広がって、次の一口を促されてまう。珈琲の好みなんか人それぞれやけど、これ程のモンを飲ます店は、元の世界でも中々ないで。

 俺はマスターに向けて無言で親指を立てる。


「感謝の極み」


 シュパッと右手を胸に当て腰を折るマスター。

「パーフェクトだ!ウォル○ー」って言いそうなったわ。

 俺は再び、珈琲を口に含み添えられたスプーンで、何気に気になっとった月ノ葉君に突き立て、掬い口に放り込んだ。


「うまあああああああああああああぁぁぁぁっ!!?」


 思わず服がはだけそうになったわ……。何やこの金玉の異様な美味さ……。

 掬った部分の月ノ葉君を見ると、硬めのホイップクリームでまん丸に形成されたその中身にはキャラメルソースを纏わりつかせたプリンが存在しとった。

 甘めのクリームと少し苦味のあるキャラメルソース、そして口当たり滑らかなプリンが渾然一体となって、この世のモンとは思われへん程の美味さや……。

 そんな、珍しい組み合わせでも無いのに、この悪魔的な美味さの正体はなんや?

 俺はもう一度味を確かめるべく、珈琲を口に含み、口内をリセットさせる。


「どううだ?ゼンイチロウ。月ノ葉君はビックリする程の美味さだろ?その美味さの正体はオークキングの睾丸を粉末状になるまで磨り潰した金の粉だ。月ノ葉君に塗されてるだろ?」


 ぶふおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 俺は盛大に口に含んだ珈琲をぶち撒けた。


「なんちゅうとこで異世界テイスト出してくんねん!?」


「感謝の極み!」


 マスター褒めてへんで!?てか、何が月ノ葉君や!

 小洒落た名前付けやがって!ほんまに金玉やないか!?


「オークキングの睾丸は超が付くほどのレアでな。稀にしかドロップしないんだ。オークキングの睾丸は粉末状にして料理にかけると、どんな料理でも極上の美味さに変わる」


 そんな説明いるかい!

 どんなに美味かろうが、あのクッサい豚モンスターの金玉を料理の材料にしとる時点で食う気なんか失せるわ!


「ゴブイチロウ、金玉食わないんだじぇ?」


 滝の様な涎を垂らし、物欲しそうな瞳で俺と金玉を交互に見るナナミン。


「金玉……好きかい?」


「金玉……大好きだじょ!」


 金玉がゲシュタルト崩壊しとる気がするけど、ま、ま、ええやろ。

 さぁ、お前の好きな金玉や。たんとお食べ。

 ナナミンに金玉の乗った皿を渡そうとした瞬間、エネから待ったの声が上がった。


「ナナミン、この金玉は滅多に食べられるモノじゃ無いんだ。今日はゼンイチロウの誕生日。こんな美味しいモノをおねだりしてはいけないよ?代わりに私の金玉をあげるから我慢しなさい」


「分かったんだじぇ!叔母上の金玉で我慢するんだじぇ!!ゴブイチロウ、おねだりしてゴメンなんだじょ!」


 エネの奴、舌舐めずりでもしそうな表情で、ナナミンに渡しよったな……。

 どんな想像しとんねん。この変態エルフめ……。


「さぁ、ゼンイチロウ。思う存分味わってくれ。な、なんなら今日だけ特別に、私が食べさせてやってもいいんだぞ?」


 もじもじと恥ずかしそうな上目つかいで俺に問いかけるエネ。

 相変わらずキャラがブレブレですよエネさん……。


「堪忍なエネ。この金玉の正体を知ってしまった俺には、お前手ずからの美味しいシュチュエーションですら拷問なんや……」


「グダグダ言わず、とっとと口を開けろ!バカイチロウ!!」


 俺を組み伏し、強引に口をこじ開け金玉を咥えさせようとするエネ。


「や、やめてえぇぇぇぇぇ!?その汚物を俺の口に咥えさせようとすんのはやめてっ!!な、舐めるから!兎に角それで満足してぇ!!」


「咥えるだの舐めるだの誤解の受けそうな言葉を使うんじゃ無い!」


「まったく、叔母上もゴブイチロウも食べ物を粗末にしちゃダメなんだじょ。身内として恥ずかしいんだじぇ。マスター、ゴメンじょな?」


「ふふっ。滅相も御座いません。賑やかで大変宜しいかと」


 何を呑気に談笑しとんねん!PTメンバーの危機やぞ!ナナミン助けてくれ!!

 ああ……。エネの力に抗うことがでけへん……。

 金玉が俺の口内にイートインしよる………。


「ハッピーバースデーだ。ゼンイチロウ」






 金玉!うまああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る