第3話 金貨使いの怪人3
「貴方 ……匂うわ」
鼻をつまみ後ずさりするソフィの姿に斥候の男は首を傾げた。
「匂う?確かに洞窟特有の湿っぽい匂いはしますけど、それ以外の匂いなんてしませんよ?それよりソフィさん大丈夫ですか?凄く辛そうな表情をしていますけど……」
「あの男からこんな腐った様な不快な臭いを漂わせているのに何も感じないの!?貴方、鼻がぶっ壊れてるんじゃない!!」
ソフィの変貌ぶりに困惑し、たじろぐ斥候の男。先程まで仲間を救いたいと懇願した心優しい少女の面影は一切なくそこには語気を強め険しい表情で凄む女がいた。
「そこの兄さんにはお嬢ちゃんが感じとる不快な臭いは嗅ぎとる事はでけへんで。そもそも普通の人間には嗅ぎとる事はでけへんしな。俺の体に常時塗っとる薬品は懇意にしとる薬師に頼み込んだ特別性でな、モンスターに対してだけ、ものごっつい不快な臭いを放ちよる。まぁ、効果範囲は面と向かい合う距離程度しかない微妙なもんやけど、近接で不意打ちしてくるモンスターに対しては中々の効果がある逸品やな……今回はモンスターを炙り出すって事に関して効果覿面やったみたいやけど」
「貴方…… 一体何をいってるんですか?」
状況を呑み込めないでいる斥候の男の言葉にソフィは冷笑を浮かべ憐れむ様な目線を送りながらゼンに対し溜息交じりに答えた。
「まさかそんな方法で私の正体を見破られるとはね…… 周りの冒険者やギルドの偽造は完璧だと思っていたのに、ほんと…… 私が今までやってきた事が馬鹿みたいに思える間抜けぶりだわ」
吸血鬼はモンスターでありながら姿形は、人とさほど差異はない。それが恐ろしい事でもあるのだが、アルカディアダンジョンで生まれたモンスターは決してダンジョンから出ようとはしない。神々が住まうダンジョンを守護する為に創られた存在だからだ。守護すべき存在をおざなりにして、人々に紛れ冒険者になっているソフィがモンスターとして異端すぎるのだ。
ソフィは臨時で組まれたPTに紛れ込んでは、組んだPTを自分の手駒である同業殺しに襲わせていた。何度も何度も。アルカディアは規模も大きく冒険者が星の数程いるが、ギルドの管理は決してずさんでは無いないし襲われたPTにはソフィが必ずいたのにも関わらず、周りの冒険者もギルドの職員、そして僅かに生き残った者達ですらも彼女を覚えている者はいなかった。
では何故彼女を覚えている者がいなかったのか。其れは彼女の持つスキル『忘却』が全てを解決させていた。
他者の記憶の一部を消失させるこのスキルには制約があり、相手が重要だと思う記憶ほど成功率は低くなる。逆に臨時で組まれた一時の仲間、何処にでもいる冒険者の少女の記憶を重要だと思う者はほぼいないだろう。
故に唯の冒険者であるソフィに関わった全ての人達に、この『忘却』スキルが刺さる事になる。
「俺もびっくりやわ。巷を騒がしとる
突然の顛末に思考が停止していた斥候の男が当然の疑問を口にだした。
「どうしてモンスターが人間の冒険者に紛れてこんな事を……?」
ソフィは底冷えするような邪悪な笑みで言い放つ。
「そんなの、愉しいからに決まってるじゃない」
「たの…… しい……?」
自分の理解を超えた返答に斥候の男は口元をひくつかせ、言葉を詰まらせた。
「ええ。愉しいわ。夢と希望と野望に満ちた現実をまだ何も理解していない無垢な冒険者達を殺す事はとてもとても愉しいわ!唯の敵としてじゃなく、貴方達の仲間になる事でよりリアルな死を実感できる。さっきまで自分達の夢を語り合った仲間達が私の気分次第で理不尽に死んでいく様を特等席で見物が出来るのよ?最高のショーだと思わない!!」
目をこれでもかと見開き気狂いかの様にソフィの高笑いが静かなダンジョン内で響き渡り、洞窟の岩々から発せられる僅かな光源が彼女の影を不気味なほど揺らめかせていた。
「化け物め……」
「ええ。私、モンスターですもの。今まで何人かの才能のある冒険者の記憶を消して生かしておいてきたけど、貴方はきっと無理ね。私が吸血鬼だって事実を知った訳だし、重要な記憶だと印象付いた筈。しばらく生かしておいて有能な冒険者になったら私の屍人にして上げるつもりだったのに殺さなくちゃいけないなんて、本当に残念だわ」
「生き残りがおったんは唾つける為かいな。ホンマ回りくどい事すんのぉ」
「素質のある若い個体を確保する事が私の趣味なの。磨けば光るモノって素敵だと思わないかしら。あぁでも、不快な臭男は駄目よ。私のお気に入りを壊したのだから、それなりの冒険者なんでしょうけど……貴方のその余裕そうな顔、気に入らないわ。たかが人間程度がどれほどの者にちょっかいを出したのか思い知らせてあげる」
「誰が臭男やねん…… まぁええわ。ほな、お喋りも此処までにして一丁やったりますか。兄さんも巻き込まれんようにどっか隠れとり」
瞬間、目の前にいたソフィの姿は掻き消えゼンの横面目掛けて華奢な腕を振り抜き拳を打ち付けようとしていた。
ゼンは全く反応出来ず、ソフィの拳が当たるかと思われたその時――
「貴方の頭に詰まってる腐った中身を全部ブチ撒けさせて上げる!!」
バキィィィィィィィイ!!
恐ろし打撃音が鳴り響き、斥候の男は目の前で起こった出来事に目を白黒させた。
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