第18話 金貨使いの怪人VS森の小さな暴れん坊5

 填められた右眼の金貨から眩いばかりの光が照射され、辺り一面を真っ白な空間へと染め上げていく。全ての時が止まったかの様な静寂のみが支配する特別な空間に一本の光の柱が登り上がった。


 光の柱は徐々に収束していき、妖艶なボディーを持った女性のシルエットが浮き彫りになっていく。


 艶やかな長い黒髪と六枚の黒い羽。ヒールを履いたスラリと伸びた脚に、張りのある尻と零れ落ちそうな豊かな胸元をギリギリまではだけさせた黒衣を身に纏った淫らな美の権化。




「御用命により只今参上致しました。私の肉奴隷様」




 美しい所作で腰を折り、妖艶に微笑む彼女に俺は言い知れぬ恐怖を覚える。まるで、死神の大鎌を首筋に添えられとる様な脅威を感じるで。やっぱ…はやまってもうたかな。




「サブ姐さん、茶化さんといてや。こっちは正当な契約で呼んでんのや。しっかりと俺の為に働いてもらうで!」




 俺の言葉に瞳孔を細めるサブ姐さん。


 怖ええええええええぇぇぇぇぇ。サブ姐さんの感情を100って数値で表現するならば、今は怒り30に殺意が70って所か…… 其処に、愛はないんですか?




「と、と、取り敢えず、早急に虫の息のエネを救うで!」




「 …仰せのままに」




 サブ姐さんは、俺の髪を鷲掴みにすると艶のある肉厚の唇を押し当て、口内に舌をねじ込んできよった。ねぶるように丹念に行われるサブ姐さんの舌技に、全神経が痺れ彼女の底知れぬ力が俺の中へと浸入していく感覚を覚えていく。


 真っ白な空間が、逆再生をしたかのように元の景色へと変わっていき再び「どう」の世界へと切り替わる。




出張女神の黄金時間ゴールデンタイム・ラヴァー発動!!」




 俺はナナミンに向かって手をかざすと、奴の左右に二つの不可解な紋様が描かれた円が空中に浮かび上がり、其処から無数の朱色の縄が飛び出した。朱色の縄はナナミンの両手首を拘束し、そこからエネを掴み潰そうとしていた両の手の僅かな隙間から生き物の如く縄が絡むように侵入していき、左右にこじ開けようとギリギリと引っ張っていく。




 アホみたいな膂力で抵抗するナナミンやったが、サド女神ご謹製の神気を纏った縄の力の前に抗うことも出来ずに両の手はこじ開けられ、エネが解き放たれた。


 すかさず朱の縄を操り、落下していくエネを巻き取り俺の元へと引っ張り上げ、空中で放物線を描きながら飛んでくるエネを俺は優しく抱き留める。




「無茶しよってからに…… 帰ったらお尻ペンペンの刑やで」




 まだ、息のあるエネに安堵の為、セクハラ紛いの言葉が飛び出した。


 俺はエネを地に降ろして癒しの金貨を生成しエネに使用すると、金貨から淡い黄金の光がエネを照らし、折れた体を元に戻していく、意識は失っとるけど血色もようなっとるし安心してええやろ。


 問題はあのデカブツや。




「……どないしてくれようかの」




 両手首を朱色の縄で拘束されているナナミンは、振り解こうと必死に暴れとるが、その縄に拘束されたら最後、どれだけ足掻こうが俺の意思で拘束を解除せん限り縄がぶち切れる事は絶対に有り得へんん。


 俺の右眼に填められとる金貨の能力は、神の一柱であるサブ姐さんの力を一時的に譲渡して貰い、俺自身が無敵の神様モードに突入出来るって代物や。神さんの力に対抗できるのは神さんだけ、ナナミンが創造神に選ばれた「一握りの才能ユニークワン」持ちでも所詮は人や、この力に抗う事はでけへん。




「んまぁぁ!!んまあああぁぁぁぁぁぁ!!!」






 ナナミンは身動きが取れないとみるや、今度は俺に向けて巨大な口を裂けんばかりに拡げよった。




「ほんま、期待を裏切らん娘やで、お前は…」




 大きく拡げられた巨大な口から、熱を帯びた青白い光線が放たれる。


 どんな理屈やねん!!と心の中でツッコミを入れつつ、俺の眼前に再び不可解な紋様が描かれた円を出現させ、無数の朱色の縄が円から飛び出していく。朱色の縄は鎖目状に繋がった編目を作っていき、瞬時に俺の目の前で、名も知らぬ美しい巨大な朱の花冠を模した形へと変わっていく。


 ナナミンの光線は、朱の縄で作られた花冠にぶち当たると、呆気なく霧散し小さな粒子の粒達が美しく降り注いだ。


 俺は朱の花冠を解除し、ナナミンに向かい一気に駆け出す。


 サブ姐さんの力の譲渡によって俺の身体能力は強化され、神速をもってナナミンの懐に辿り着くと、奴の顎先目掛けてジャンプアッパーをかました。




「歯ぁ喰いしばらんかい!!!」




 俺の強化された拳が顎先にクリーンヒットすると、ナナミンは四メートル程の巨大な体躯を震わせ膝を折った。


 今も朱の縄を手首に拘束されているナナミンは倒れる事も出来ずに、力なく首を前に垂れさせ、意識が朦朧としてるのか、目の焦点がブレていた。


 俺は覗き込むようにナナミンを見上げ、瞳を見据える。




「どんな理由があるんか知らんけど、お前は力を暴走させ、エネを殺しかけた。 ……俺にとってあいつが傷付く事は許容も出来へんし、我慢でけへん事なんや。ハッキリ言うて腑が煮え繰りかえっとる」




「う、あぁ… おば……うえ?」




 ナナミンは焦点の合わない目で、譫言のように呟いた。


 俺の掌から無数の朱い縄が蠢きながら巨大な戦鎚を形成していく。


 硬質化しズシリと重くなった巨大な朱い戦鎚を両手で握り締め、俺は体を横に捻り、振り抜く為の姿勢をとった。




「ルルはんの娘でも、容赦はでけへん。堪忍したってや」




 ナナミンの顔面目掛けて、朱い戦鎚を斜め上にしゃくり上げる様に振り抜こうとした瞬間、俺の背中に二つの柔らかな物体が押しつぶされる感触に、嗅ぎ慣れたふわりと漂う花の僅かな香りが、俺の行動を阻害しよった。




「終わりだ。ゼンイチロウ。これ以上、ナナミンを傷付けないでくれ……」




 俺のお気に入りの朱いコートをシワが寄るほどに強く握り締めるエネが、縋り付く形で俺の背に伸し掛かる。




「お前がこの娘を焚きつけたんやろがい!どういう意図があれこの娘には、きっちりケジメを付けてもらうで」




 エネの方へと振り向くと、あいつの美しいエメラルドグリーンの瞳が潤い、僅かに揺らめき煌めいていた。その瞳を見た瞬間、俺の心臓が壊れたかと感じる程に鼓動が五月蝿く高鳴る。


 エネの哀願する様な表情に抗える世の漢共が一体どれほどいるんやろな……




「……お前、ほんまズルいぞ」




「使えるモノは何でも使う主義なんだ」




 小さく舌を出し、自虐的に微笑むエネに俺の毒気は抜かれた。


 自分の頭をボリボリと掻き、深い溜息を吐く。




「もう、どうにでもしてや」




「ありがとう。ゼンイチロウ」




 エネはナナミンの元へと歩み寄ると、小さな子供が巨大なぬいぐるみを愛しそうに抱き締めるような感じで、ナナミンに体を預けた。


 俺はいつでも反応出来るように朱い戦鎚を握り締め警戒を強める。




「すまない、ナナミン。 ……って私はお前に何時も謝ってばかりだな。何故こんな巨大な姿になったのかは解らないが、そんな姿になるまで追い詰めてしまったのは、私の浅はかな考えの所為なのかもな…… 私はがむしゃらに強さを求め、傷だらけになっていくお前が心配で仕方なかった。いつか、ルルカン兄様や大切な友人達の様に、突然私の傍からいなくなる事が堪らなく怖かったんだ。お前をゼンイチロウに嗾しかけたのも手遅れになる前に立ち止まって欲しかったから…… あいつはバカだが、強さは本物だからな」




 だから、バカ言うなちゅうねん!


 抜け殻の様に静かになったナナミンに向けて、エネの独白は続いた。




「己を高める為だけに他者を傷付け、傷付けられ、強さを求めても、お前が焦がれた皆から讃えられる英雄には決して成れはしない。お前が進もうとする道には孤独と破滅以外、有りはしないんだ。 お前が強さを求める理由は理解している。けど、気付いているのか?もうあの頃の様にお前は独りぼっちなんかじゃないんだぞ?ナナミン」




「ぁ…… ぁあ……」




 エネの言葉に虚ろだったナナミンの瞳に光が灯っていく。




「初めて出会った時に言っただろ?お前をこれ以上独りぼっちになんかにはさせないと。他のエルフと容姿が違うからといって、がむしゃらに強さなんか求めなくても良い、孤独に耐えられないからといって皆から讃えらる英雄になんてならなくて良いんだ」




 ナナミンの巨大な体躯がみるみると縮んで、元の小さな体へと戻っていきよる。俺は朱色の縄の拘束を解き、二人の顛末を見届ける。




「お前が望んだ現実せかいでは無いのかもしれない。だけど、其処には…… お前の傍には、必ず私がいる事を識っていて欲しい……」




 小さくなったナナミンを抱き締め諭すエネは、深愛を示すかの様に頬を擦り合わせ、愛おしそうにナナミンの髪を撫で付けた。




「世界中の誰よりもナナミンの事が大好きだよ 。私の事を少しでも想ってくれているのなら、これ以上自分を追い詰める様な事はしないでおくれ」




「ご、ごめん… なざぃ。あちし… あちし、おっしゃんに負けで、ぐやじくて… 頭が真っ白になっで、自分で自分が抑えられなくなったじょ。あちしがバカだから、叔母上の気持ちにも気付けなぐて…… もう少しで叔母上の事をこの手で壊ずところだった…… ごめんなざぁい… ごめんなざい……」




 ポロポロと大きな粒を流し、後悔と償いの言葉を繰り返しながら泣きじゃくる小さなナナミンを、エネは親が子に向ける無償の愛情を表現するかの様に、ただ、ただナナミンを優しく覆い包み込んだ。


 俺は、ぼろぼろに破壊された訓練場を見渡し、天井を仰ぐ。




「超絶美女系クールエルフ×ゆるキャラ系珍エルフ。 ……… 此処に百合の塔でも建てるか」




 こんな発想をしてしまう俺の心は、汚れてしまっとるんやろか?

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