3章 第二区事変

第21話 第二区事変1

「はひぃ。はひぃ。もう少しペース落としくれぇ!!このままやと俺の心臓が破裂してしまう!」


「ゼンイチロウ!チンタラ走るんじゃない!一刻の猶予も許されない状況なんだぞ!急げ!!」


「おっしゃん、遅ぇんだじぇ!"そーろ"そうな顔して"ちろう"なんて最低じょ!!あれ?叔母上。"ちろう"って褒め言葉なんだじぇ?」


「ふふ。どうなんだろうな?人によりけりなんじゃ無いか?其れより、早漏だの遅漏だの女の子が軽々しく言ってはいけないよ?はしたない事だからね」


「ほほーい!」


凸凹エルフ共め俺はツッコまんぞ……。

俺のはるか先を走るエネとナナミンに、俺は足をフラつかせなが懸命に追い縋る。

俺達は第2区冒険者ギルドの救援要請により、第2区に通じる転移門ポータルに向かってるんやけど、「格」による身体能力向上の無い俺にとってこのマラソンは辛すぎる。

金貨の能力による「テレポート」ってのもあるんやけど、生成で払う金額と転移門までの距離を考えると割に合わんからなぁ。


それにしてもアルカディアダンジョンでスタンピードが起こるなんて、どえらい事になってしもうたもんや。あのクソったれの神々を守護する為だけに存在するダンジョンモンスターが外に出てくるなんて、キナ臭い事この上ないで。


「あかん!もう無理や!!これ以上走れんわ…。はぁ…。はぁ…。もう、ゴールしてもええよね?」


「いい訳ないじょ!」


ズボッという鈍い音と共にナナミンの小さな拳が、俺のデリケートな尻穴スポットにめり込んだ。


「ぎゃわああああああああああああああああああああぁああああああ!?」


「叔母上は先に転移門に向かって行ってしまったじょ!だらしねぇおっっしゃんを待ってやった優しいあちしに、また菓子を献上するんだじぇ!」


「や、喧しい…。この珍エルフがぁ…。俺の尻穴には大層立派な、いぼ痔様が鎮座されてんのや!それやのにとんでもない刺激与えよってからに……。お怒りや!いぼ痔様が大激怒してはるわ!」


四つ這いになりながらナナミンに抗議の声を上げるも、奴は何処吹く風で再び俺のケツを蹴り上げた。


「あばああああああああああああああぁぁぁぁぁああああああああ!?」


「おっしゃんのケツなんか知った事じゃねぇじょ!兎に角、あちしが担いでやるから、早く叔母上の所に向かうんだじぇ!」


死に体となった俺の体を小さな体で担ぎ上げ、疾走するナナミン。

俺と俺のケツの住人はもう二度と日の目を見る事は無いやろ。

グッバイ!いぼ痔様!!フォーエバー!俺!!



金貨使いの怪人 完!!




「終わらねぇよ!? ーーハッ! ……此処は何処や?」


辺りを見回すと広場にようさんの冒険者達がごった返しとった。それに、広場の真ん中には見上げる程ごっつい石造りの七本の柱が建っとって、その七本の柱の中心に青白い光が立ち昇っとる。此処って……。


「いつの間に転移門に着いたんや俺」


「目覚めたか?まったく、ナナミンにケツを蹴られたぐらいで、気を失うとは情けないぞ!ゼンイチロウ」


「おっしゃんのケツはゴブリン並に弱々なんだじぇ。ちょっと小突いただけで泡を吹いてたじょ!これからおっしゃんの事、ゴブイチロウって呼ぶんだじぇ」


「誰がゴブイチロウや!?」


ナナミンの奴、滅茶苦茶しよるわ。もう少しで俺の物語が完結する所やったで。


「ふぉふぉふぉふぉ。賑やかなPTですなエネ殿」


俺とナナミンの漫才に人族の爺様が声を掛けてきよった。顎に蓄えられ長く整えられた白髭を撫りながら、達人の様な雰囲気を醸し出す好々爺を見て、俺の肌がヒリつく感覚を覚える。

この爺様、絶対ヤバい系の人や。強者の匂いがプンプンしとるし俺の第六感が告げとる。この爺様には関わるなと…。


「あーっ!バイ爺なんだじぇ!相変わらず鬱陶しい顎髭なんじょな。毟っていいじょ?」


「ふぉ。お前も相変わらずじゃな「暴れん坊 」……いや、少し変わったか?ギラつき淀んだ瞳が、随分、落ち着いておる」


「ぐへぇ。いい女には色々あるんだじぇ!」


「ふぉふぉふぉふぉ。そうか。そうか。確かにいい女には変化が付き物じゃな」


バイ爺とナナミンに呼ばれた爺様は、その言葉の後に何故か俺をギロリと睨みつけ、すぐさま温和そうな笑顔を向けよった。

何やこの胸騒ぎは。


「ゼンイチロウ、彼の名はバイエン。かつて人外級の冒険者で「瞬閃の美髯公びぜんこう」と呼ばれた男だ。今は引退して第3区の冒険者ギルドでギルドマスターをしていてな。どうしてもお前を紹介しろと煩いんだ」


エネが俺の耳元で囁くと、バイエン爺様は飛びつかんばかりの勢いで俺の前に詰め寄った。


「お初にお目にかかります。儂の名はバイエン。まさか、伝説の英雄の一人とこうして対話出来るとは長生きはするものですなぁ。ふぉふぉふぉふぉふぉ」


「は、はぁ……。どうもです」


「エネ殿から話は聞いております。なんでも時が止まった状態で永い眠りについていたらしいですな?不思議な事もあるものですじゃ。ーー永遠にーー眠ーーいいものを……」


「あ、あの。最後にボソボソ何か言いました?聞き取りにくかったんやけど…」


ずずいっと更に俺の顔に肉迫するバイエン爺様は、エネの方にチラリと視線を向けると俺の耳元で底冷えする様な声色で囁いた。


「貴様が目覚めてからエネ様の表情が、以前と比べ物にならん程に豊かなものになった。其れは感謝しよう。じゃが、儂ら歴史ある"エネ様。好き好ゅき見守ろう会"一万の信徒達は貴様の復活を良しとはしとらん」


"エネ様。好き好ゅき見守ろう会"……やと?

俺はゴクリと喉を鳴らす。


「貴様とエネ様の関係は、信徒達の調べで粗方把握はしておる。よかったのぉ。未だ清い関係で。もし、エネ様の純潔を散らす様な事があれば、儂が信徒一万の代表として躊躇いなく貴様を掘っとったわい。儂は両方イケる口じゃからなぁ!」


何のカミングアウトしとんねん。この糞爺!


「何をコソコソ喋っているんだ?」


「い、いや。この爺様がーー」

「ふぉふぉふぉふぉ。この未曾有の危機に伝説の英雄様が参戦頂けとは、本当に心強いですじゃ。この老骨も久々に滾ってきましたぞ!」


俺の言葉を食い気味で被せてきよるバイ爺様の射殺す様な眼差しは、俺の次の言葉を詰まらせるに十分な迫力やった。


「エネ。この爺様、両刀使いらしいで?中々、業の深い性癖をお持ちのようや」


「おいいいいいいいいいぃぃぃぃぃ!?」


でも、俺には関係ねぇ!!


「どうでもいい事だ。バイエン、そんな下らん事を言う為にゼンイチロウを紹介しろと言ったのか?今の状況が分かっているのか?情けないぞ」


「どうでもいい……。いや……。め、面目ありませんじゃ」


くけけけけ。エネに呆れられて、バイ爺様、シオシオになっとるで。

おー。おー。怖い顔で睨みつけよる。


「バイエン、兎に角。早急に冒険者達へ説明を。一刻も早く第2区に突入しなければ手遅れになってしまうぞ」


「はっ!直ちに」


スタスタと俺達の元から離れ、即席で作られたであろうお立ち台へと向かうバイ爺様。


「第2区の状況ってそんなに不味いん?」


俺の問い掛けに上衣のポッケから大量のビスケットを取り出し、美味そうに貪り食うナナミンが応える。てか、その小さなポッケにどんだけのビスケットが入っとんねん?マジックアイテムか?


「サクサクサクサクサクッが、サクサクサクサクサクッみたいじょ!」


「うん。まず、食べながら喋るのやめよっか。何言うてるか分からんから」


「第2区「地下遺跡型」ダンジョンからのゴブリンが外に出て来たそうだ。第2区にいた冒険者達が、何とか持ち堪えている様だが、先程から第2区の冒険者ギルドと通信が出来ない状況だ」


「はぁ!?数匹のゴブリン?大軍勢のゴブリンとかやなくて?クラレンスはモンスターが氾濫しとる言うてなかったか?」


「…分らん。情報が錯綜していて、正確な事がはっきりとはしていないんだ」


この世界でも、ゴブリンは最弱の部類に入るモンスターや。数匹、ダンジョンから出て来た所で何の脅威にもならんし。どないなっとんねん。

俺の疑問に、エネが神妙な面持ちで告げる。


「ただ、第2区の冒険者ギルドが言うには、その数匹の唯のゴブリンがべらぼうに強く、第2区の住人を次々とゴブリンに変えているらしい……」

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