第27話 第二区事変7~断罪者Ⅱ~

「ねぇ、私達ってこのままずっと、この気持ち悪い肉塊の空間に閉じ込められたままなのかしらぁ?」


 ウーサンのおっしゃんが、人差し指を下唇に当て厳つい顔をコテンと傾け、疑問を口にすると、キノコ頭のキルナが肉壁に手を触れながらその問いに返答したじょ。


「恐らくそれは無いかと。この空間を念入りに感知スキルで調べましたが、この部屋にはモンスターどころか隠し部屋、トラップすら存在しません。本当に何も無い、ただ、閉ざされただけの部屋なんです」


「……何が言いたい?」


 鋭い眼差しで、キルナを見据えるエルフのお兄しゃん。


「僕達はあの白い光によって此処に飛ばされました。なら、僕達以外にもあの光を浴びた冒険者達は何故、此処にいないのでしょう?」


「私達の戦力を分散させる為に決まってるじゃない!!」


 アホ面で自信満々に答えるユーリに、あちしは小さく鼻を鳴らす。憐れなピエロを見てるようだじぇ。滑稽だじぇ。


「もしそうなら儂等は、既に何かしら敵の攻撃に晒されておるはずじゃ。しかし、未だその気配すらなく、ただこの何も無い空間に儂らを留めているだけ……。永遠にこの空間に留める事が、敵の目的なら儂等だけというのも余りにも非効率過ぎるんじゃよ」


 バイ爺もキノコ頭も気付いてるっぽいじょな。冒険者やってるなら、この空間の特異性に気付いてもいい筈なんだじぇ。まったく、バイ爺とキノコ頭以外、みんなダメダメじょな。失格じぇ!


「な、なるほど。てかナナミン、あなたも会話に加わりなさいよ。さっきから一人でムシャムシャと美味しそうなお菓子をーーそれ!ブシ屋で限定販売してるドデカホールケーキじゃ無い!?ちょっと、寄越しなさいよ!」


 ユーリがあちしのマジックポッケから取り出したホールケーキを強奪せんと襲い掛かって来たじょ。

 あちしはドデガホールケーキの乗った皿を両手に持ちユーリをひらりと躱すと、奴のガラ空きのケツに蹴りをくれてやる。


「あひぃん!?」


「お触り厳禁なんだじょ。あちしは、この先の戦いに備えて糖分を摂取しなきゃいけないんだじぇ。だから、お裾分けはしてやれねぇじょ」


 あちしの拒絶の言葉にも頰を高揚させ、ニヤケながら尻を摩るユーリにあちしは戦慄を覚えたじょ……。

 こいつ、絶対関わちゃいけない危険人物なんだじぇ……。流石、バイ爺の孫なんだじぇ。


「この先の戦いに備えてか……。"暴れん坊"も気付いておったか」


「気付くも何も。ダンジョンでモンスターも湧かない、トラップも無い、だだっ広い空間と言ったら、ボス部屋しかねぇじょ。この部屋はいま待機状態になってるんだじぇ」


 ダンジョンには、ある一定の階層を進むと必ず"守護者"と呼ばれる強力なモンスターが配置された部屋が存在し冒険者の進行を阻む様に出来てるんだじょ。

 あちし達、冒険者の間で"ボス部屋"と呼ばれるその場所には、不思議な力によって様々なルールで縛られているんだじぇ。

 その最たるものが入場制限。ボス部屋に定められた人数以上の人が入場するとボス部屋自体が待機状態となり、何の害意も無い別空間となって冒険者を留まらせる。


「ナナミンちゃんの言う通り、此処がボス部屋で待機状態だとしたら、私達の前にいた冒険者達が守護者を攻略するか、全滅するか、私達が此処から抜け出す術が無いってわけねぇ」


 ーーびちゃりーー

 ーーびちゃりーー


「……どうやら後者みたいじゃの」


 何処からともなく耳障りな音が鳴り、鼻腔に死臭が漂い始めたじょ。

 あちし達以外に居なかった筈の閉ざされた部屋に、地獄のような情景があちし達の目の前で徐々に露わになっていく。冒険者達の損壊した骸と臓物、赤黒く飛び散った血液がその場で起きたであろう凄惨さを物語り、一匹の青白い肌の化け物が蹲り悍ましい音を立てながら、辛うじて人だと認識出来るモノに貪りついていたじょ。


「嘘でしょ……。モンスターが人を喰ってる?」


 ダンジョンに存在する全てのモンスターは侵入者を殺すように造られているらしいけど、人を喰うという行為は有り得ないじょ。何故ならダンジョンの神々の供物としてダンジョンが遺体を吸収するからじぇ。異常な光景に沈黙するあちし達と、ポツリと漏らしたユーリの震える様な囁きが、青白い肌の化け物の体をピクリと反応させたじょ。


『次はお前等か?今度こそ骨のある奴等だったら良いのになぁ……』


 あちし達を背にしたまま振り返る事もなく呟き、再び冒険者の遺体に喰らいつく化け物。あちしは脚にあらん限りの力を込め地を蹴り、駆け出したじょ。

 奴が背を向け油断している間、少しでも速くあちしの拳が届くように……。

 あちしを突き動かしたものは、あの青白い肌の化け物に対する純然なる恐怖。

 奴は駄目じょ。まともにやり合えば、あちし達は確実に全滅してしまう。


 あちしは声を発する事もなく、無心に奴の頭蓋に向けて飛び掛り拳を打ち下ろす。

 全身全霊を込めたあちしの必殺の拳が、奴の頭蓋を砕かんとしたその刹那、ゾクリと背筋が粟立ったじょ。


『お前。いいなぁ。俺が今までヤッてきた中で、ピカイチだぜ』


 時が止まった感覚を覚えたじょ。



『死ぬんじゃねぇぞ』


 はち切れんばかりに発達した豪腕が、あちしの腹部を抉る様に打ち抜くと、その打撃の衝撃で視界が何十にもブレ、数秒ほど周りの景色が狂った様に動き回ったじょ。

 何かに衝突したのか、物凄い激突音と共にあちしの視界は天井へと定まる。


 ……や、やっちまったじぇ。

 あちしの意識が少しづつ遠のいでいく。

 あちしの体から大事な何かが抜けていく感覚……。

 父様……。母様……。叔母上……。ゴブイチロウ……。あちし、もう駄目かもしんねぇじょ。

 眠くて、眠くて……しかた……ない……んだじぇ。

 みんな……ごめん……だじぇ。


 ごめん……だじぇ。


 ごめん………。


 ……。






『"断罪者"の死亡を確認しました。閉ざされた新たな才能を開花させます』



 ーー誰かの声がするじょーー

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