第28話 第二区事変8~断罪者Ⅲ~

「ナナミンッ!!!」


 ユーリの咄嗟の叫びが、ボス部屋に響き渡る。

 青白い肌の化け物が放った凶悪なボディーブローを喰らったナナミンは、地を何度も激しくバウンドさせながら肉壁に激突した。

 仰向けに倒れたまま壊れた人形の様にピクリとも動か無いナナミンに、ユーリが駆け出そうとするとバイエンがそれを制止する。


「ユーリ!"暴れん坊"の所に向かっても無駄じゃ……。奴は、もう二度と立ち上がる事は出来ん……」


「お祖父様、何言ってるの!?ナナミンがあんな攻撃ぐらいで、くたばる訳ないじゃない!あいつがどれ程、頑丈なのか知ってるでしょ!?今なら、まだーー」


 間に合う。そう言い掛けたユーリの瞳孔がこれでもかと見開かれる事になる。


『爺さん、中々目敏いじゃねぇか。俺が事に気付いてたのか?』


 二メートル弱の長身に、はち切れんばかりに発達した筋肉の鎧を纏った青白い肌の異形のゴブリン。ブチィと手に持つ、ナナミンの血で塗れた臓物であろうモノを喰い千切ると、邪悪な笑みを冒険者達に向けた。


「なんなのよ。あの化け物……」


「僕達が戦った黒いゴブリンの上位種なのでしょうが……。あの、化け物の放つ存在感はまるで……」


「儂の診立てでは、恐らく"魔王級"じゃ。しかも、"魔王級"の中でも限り無く上位に近い個体……」


「冗談でしょ……。"魔王級"なんて、希少な人外級の冒険者をフルPTで編成して、どうにか討伐出来るレベルのバケモノじゃ無い。どうするのよぉ」


「どうもこうもない……。紛い物が、早々に欠けた以上、私達で何とかするしかないだろ」


 モンスターの中で最弱と分類されるゴブリンには、稀に激しい生存競争を生き残り、種としての限界とされるゴブリンキングに至る個体が存在する。

 しかし、ゴブリン種の頂点、ゴブリンキングですら準魔王級と位置づけされている。

 バイエン達の目の前に立ちはだかる規格外のゴブリンが、どれ程イレギュラーな存在なのか。

 ゴブリンキングの更に上を行く"魔王級"。異形のゴブリンの放つ異常な圧に、バイエン達は己等に纏わりつく死の気配に息を呑んだ。


『一番見所のあるガキは早々にリタイアだ。残ったお前等も直ぐにグチャグチャに潰して喰らってやるぜ!』


 異形のゴブリンが、不気味な笑顔で歩を進めると、冒険者達が一斉に其々の得物を手に取り身構えた。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁ〜。やっちまったんだじぇ……。叔母上に無茶な事はしないって、約束したばっかなのに早々に約束を破ってしまったじょ……。叔母上……ごめんだじぇ。ゴブイチロウ……は、何も思いつかねぇじょ」


 あちしは、青白い肌の化け物に殺された。そして、気が付くと見知らぬ森をとぼとぼと彷徨い歩いていたじょ。

 そこかしこの枝葉の隙間からキラキラと七色の光の筋が射し込んで、辺りにあちし以外の生き物が全く存在しないんじゃないかと思えるほどに、あり得ないぐらいの静寂が支配する森。


「それにしても、此処はあの世にしては現実味が有るような無いような、良く分からん場所なんだじぇ……」


『此処はオイラの聖域だからなー。死んだ者の魂が集う場所とは違うんだなー』


 あちしの視線の先に、二足歩行のでっかい獣がのそのそと遅い歩みで、あちしの前に現れたんだじょ。

 つぶらな瞳と少し尖った耳。モコモコとした白い体毛に全体的に丸みの有る体躯。何処となく熊に似たその獣は、あちしの前に立ち止まると、片腕を上げたじょ。


「やあ、ナナミン。初めましてだなー」


「は、初めましてなんだじぇ。てか、お前誰じょ?何で、あちしの名前を?」


 あちしに喋る獣の知り合いなんていないんだじぇ……。ついでに、友達もいないんだじぇ!


「ナナミンの事は知ってて当然なんだなー。オイラは、この世界の創造神に仕えている神の一柱。エヴァン。君ら、エルフの間じゃ"森の神"なんて呼ばれてるんだなー」


 ほぇ〜。あちし達、エルフを創ったとされる森の神が、こんなモコモコ生物だったとは、意外だじぇ。


「昔話の絵本で、森の神様は見ただけで目玉が潰れるほど美しいエルフだって書いてあったじょ!アレ、嘘っぱちなんじょな!」


「ははっ。期待を裏切って悪いんだなー。オイラ、美しいモノが大好きで、エルフがあんなに美しいのは、オイラの完全な趣味なんだなー。あの容姿のせいで随分、偏屈な種族になってしまったんだなー。反省!」


 大きな肉球をあちしの頭に乗せ上半身をペコリと下げるエヴァン。


「それにしてもナナミンはオイラみたいな獣が、神だと名乗っても全然疑ってないんだなー。少しは疑問に思ってもいいと思うんだなー。ナナミンは順応し過ぎて面白みに欠けるんだなー」


 エヴァンはそんな事を言うけど、存在感がまるで違うじょ……。言葉でどう、言っていいか分んねぇけど近くにいる筈なのに、どれだけ手を伸ばしても届かない、暖かなお日様のような存在なんだじぇ。

 不思議な場所も相まって、エヴァンが神や悪魔だと名乗っても別段驚くような事もないじょ……。


「あ、あちしは見てくれだけで判断しない大人な女なんだじぇ!違いの分かる女なんだじぇ!」


 とりあえず、場を濁す為にふんすとドヤ顔で胸をそらすあちしにエヴァンが、じとーとした瞳で見つめてきたじょ……。


「ま、いいんだなー。ナナミンが此処に留まれる時間は、そう多くないんだなー。用件を早く済ませるんだなー」


「ん?用件ってなんじょ?」


「まず、一つ。オイラがナナミンを選んだ事で、エルフとして随分と辛い人生を歩ませてしまったんだなー。力の対価とはいえすまない事をしたんだなー」


 ペコリと頭を下げるエヴァンに、あちしは首を傾げてしまったじょ。

 どう言う事だじぇ?


「生まれつきエルフらしからぬ頑丈な体と、強悪な膂力。そして、最近、目覚めた"怪獣化"。過ぎた力には必ず代償が付き物なんだなー。エルフとして生まれたナナミンの容姿が、そんな面白い姿になったのは、力の代償なんだなー。あの、偏屈供に随分と辛い仕打ちを受けていた事は知ってるんだなー。彼等の産みの親として恥ずかしい限りなんだなー」


「ふーん。あちしの姿には、そんな理由があったんじょな。まぁ、今となってはどうでもいい事なんだじぇ!でも、面白い姿って言われるのは、なんかカチンとくるんだじぇ!あちし、他のエルフみたいに美しくはないけど、愛嬌のある可愛らしい姿なんだじぇ!」


「……はははっ」


「なんじょ、その乾いた笑いは!?」

 

 あちしは、伯母上のお気になんだじょ!何時も鼻息荒くして可愛い、って言ってくれるんだじぇ!

 相手は神様なのに、ブン殴りそうだじぇ……。

 失礼なケダモノなんだじょ!

 あちしがプリプリ顔でそっぽを向いてると、エヴァンが申し訳なさそうな表情で、あちしの頭を撫で付けたじょ。


「ご、ごめんなんだなー。決して悪気があって言った訳じゃないんだなー」


「別にいいじょ……。それより、用件ってのはそれだけなんじょ?」


「いやいや、此処からが本題なんだなー。ナナミン。君にはオイラの使徒としての使命が、まだ残されているんだなー。あんな所でくたばってもらっちゃ正直、困るんだなー」


 そう言うや否や、エヴァンはあちしの胸にいきなり長い爪を突き立てじょ。


「エ、エヴァン……。何するんだじぇ……」


「ナナミン、ごめんなんだなー。君を楽にしてやる事は出来ないんだなー。身勝手な神々達オイラたちを赦して欲しいんだなー」

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