第二区事変12~断罪者Ⅶ~

「ちょっと、ナナミン。あの、化け物の死体に向かってどうするつもりなのよ!?」


「……どうするも何も。あの化け物はこの世に解き放ってはいけない災厄の一つなんだじぇ。だから、二度と表に出て来れないように、魂ごとぶっ殺してやるんだじぇ」


 神の使徒として目醒めたあちしには解る。

 あの化け物は、かつて創造神が地の底に封じた魔神の一欠片。唯の人では奴を滅ぼす事は不可能じぇ。

 あちしは、ユーリに振り向き小さく微笑む。

 今のあちしなら、あの不完全な出来損ないをぐちゃぐちゃに壊してやれるんだじぇ。

 身体の奥底から無尽蔵に溢れ出す力に、あちしは何とも言えない全能感を覚えていたじょ。


 あちしは、背中に生えた翅を震わせ辺りに黒い粉を撒き散らす。


断頭台への道標ブラックパレード


 黒粉が辺り一帯を覆い尽くすと、まず始めに化け物の周りに変化が起きたじょ。

 一部の黒粉が塊となり、徐々に人の形を成した幽鬼となっていく。

 半分は骨が剥き出しになっていて、もう半分が病的な肌色をした妖艶な女性が、ユラユラと化け物の周りに浮遊し始めたじょ。


 彼女は高らかに謳う。

 魂を惑わすような甘い歌声をーー


 骸骨は呪詛を呟く。

 魂を蝕むような破滅の言葉をーー


 二つの声が呼応し共鳴すると、無数の黒い華と荊を絡ませた人骨で組まれた台座に鎮座した巨大な断頭台が具現したじょ。

 消失した化け物の上半身が、鈍い音を立てながら修復し焦点の合わないまなこでソレを見上げ、自身の周りに取り巻く幽鬼に誘われるかのように歩みを始めた。

 あちしの一握りの才能『断罪者』。

 その、固有スキルの一つで精神を壊され幻惑状態の化け物が、涎を垂らし、ブツブツと何事かを呟き、狂気に顔を歪ませながら、階段を一つ、一つ上がり、頂上の備わった断頭台に首を差し出しだしたじょ。

 これから行われる咎人の断罪に、ひしめき合う程の骸骨達が地面から這い出し「ソノ、罪人ノクビヲヨコセ」と怨嗟の声を上げた。


 あちしは、ユーリ達の元を離れ翅を羽ばたかせ、化け物の元へと降り立つ。

 この化け物の首を落とせば、下にいる亡者達が喜々として罪を犯した者達が堕ちる奈落へと引き摺り込むじょ。其処に身体の一部分でも堕ちれば、例え神ですら抗う事が出来ない『生命』の完全な終焉を迎えるんだじぇ。


「……殺してやる前に、一つ質問だじょ」


 下の亡者達に向けて不気味な薄ら笑いを浮かべる壊れた化け物にあちしは問いかける。


「お前達を解き放った張本人は何処にいるんだじぇ。応えろなんだじぇ」


 あちしが断罪しなければならない真の咎人。

 いつの間にかにエヴァンの側にいた名も知らないエルフのお兄しゃんが最後に残した言葉、表情、涙があちしの心を今も掻き毟る。

 見ず知らずの相手に対して、どうしてあちしの中にこんな感情が生まれるのか分からないけど、あの人にあんな貌をさせた奴を必ず見つけ出して奈落ヘ堕としてやるんだじぇ……。


『はひゃ……。ははっ……。お前……達……だっ』


「……お前達?」


『ぞ、ぞう。……お前達……だ。あのがた……は、おまえだち……の傍に、いるううぅぅぅぅっ!!』


 その時だったじぇ。

 何処からともなく馬の嘶きが部屋中に響き渡たり、物凄い破壊音と共に外側から肉壁をぶち破る白馬に跨った騎士が現れたんだじょ。

 あちしはソイツを一目見ただけで認識する。


「魔神の一欠片!?」


 肉壁をぶち破った勢いのまま、宙を駆けながら断頭台に向かって来る騎士に、あちしは幽鬼を嗾ける。

 対象に精神破壊をもたらす幽鬼の声が発せられるより先に、異質な力を感じさせる槍が騎士の手から放たれ、標的の射線上にいる全てを刺し貫ぬいた。


 槍に穿たれた幽鬼は、神経に痛みをもたらすような絶叫を上げ、再び黒い粉へと霧散してしまったじょ。


「ふおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 あちしは拳に魔力を纏わせ、向かって来る槍に対しソレを打ち込む。

 拮抗する二つの異質な力が空間を歪め、魔力の波が天へと迸るとあちしの眼前が真っ白に光り輝き断頭台諸共辺りを消し飛ばした。



 爆発の瞬間、直ぐさま飛行し回避行動を取ったあちしは難を逃れ、立ち込める爆煙から脱出するとユーリ達の元に向かう。


「大丈夫なんじぇ!?」


「……え、えぇ。私達は何ともないけど……。ナナミン、あんた右腕が……」


 青ざめた顔で、ぐちゃぐちゃになったあちしの右腕をゆび指すユーリ。


「こんなの唾でもつけときゃ治るんだじぇ」


「いや、いや。癒らないから……」


 しかし、もう一体の欠片が出現するなんて、面倒臭い事になったじょ。

 あちしは、宙に佇む騎士を見上げる。


『いや〜。流石、使徒っすね。かなり本気出して攻撃したんっすけど。殺せてないとか自分、マジ凹みっす!』


 美しい白馬に跨り、荘厳な鎧を纏った背中に純白の翼が生えた白銀の騎士は、首から上が無いのにそんな言葉を何処からともなく発したじょ。


「あれ、首無し騎士デュラハン……よね?私達の知ってるモノとは大分違うけど……」


「次から次へと、一体、どうなってるんだ……」


 ユーリ、キルナの二人が首無し騎士を見上げ、そんな事を呟く。

 あちしは、解除された"断頭台への道標"を発動しようと再び翅を震わせかけた瞬間、首無し騎士から待ったの声が掛かったじょ。


『待つっす!個人的にはあんたとヤリ合いたいのは山々なんすけど、何と言うか……俺達の事情が変わってしまったっす!!だから今回は、これでお暇させて貰うっす!!』


「……お前等の事情なんて知った事じゃねぇじょ。お前、舐めてるんだじぇ? 」


 射殺す様な眼差しを首無し騎士に向けると、奴は、わざとらしい大袈裟な動作をしたじょ。


『おぉ、怖っ!?でもまぁ、此方も"右腕"を壊されたんっす。お互い痛み分けって事で、今回は穏便に済ませましょうっす!!ねっ!はっはっはっはっは!!』


 右手に持った首だけとなった化け物を差し出し、鎧を縦にカチャカチャと震わせ嗤う首無し騎士。


「お前、本当にカンに触る奴なんだじょ。ぶん殴りてぇんだじぇ」


『ふふっ。俺を殴りたいっすか?なら、何処どこのアルカディアダンジョンでもいいっす。最深部まで攻略して下さい。彼の方を含め、俺達が盛大にお出迎えするっす!』


「あちしは、今直ぐお前をぶん殴りてぇんだじょ!!!」


 あちしは翅を羽ばたかせ、宙に浮く首無し騎士に殴り掛かった。

 けど、あちしの拳は首無し騎士の身体をすり抜け、奴の姿が霞の様に消え失せてしまったじょ。


『残念!其処に俺達は、既にいません!脳筋、乙っす!!んじゃ、使徒ナナミン。また、会える日を愉しみにしてるっす!』


 首無し騎士の念話が、あちしの頭の中に響き渡る。


「……ふざけた奴なんだじぇ」


『あっ!そうそう、"右腕"の固有スキルが、そろそろ解除されるっすから、皆さん元の場所に戻れる筈っす!早く、もう一人の使徒を慰めてやって欲しいっす!ホント可哀想で見るに耐えないっすから。く〜。俺って優しいっす!!』


「何を言ってーー」


 あちし達の周りに、最初と同じ様に白い光が降り注ぎ、一瞬で視界が変わったじょ。

 破壊された街並みに、そこら中に漂う人の死臭。

 最初に戦った転移門前の広場に、あちし達は飛ばされていた。


「ねぇ、此処って、確か第一区に繋がる転移門前の広場……よね?かなり、酷い有様だけど……」


「僕達以外にも、冒険者達がちらほらいますね……」


「……嘘なんだじぇ」


「ん?嘘って何が?って、ナナミン急に走り出して、何処行くのよ!?」


 あちし達から少し離れた場所で蹲る見知った冒険者を見て、あちしは駆け出した。

 見たく無いモノが目に映ってしまったじょ……。

 首無し騎士は、痛み分けだと言った。奴はあちしに対して、その言葉を言ったんだじぇ。

 鼓動がバカみたいに早くなる。嫌な予感がして堪らない。





「ゴブイチロウ……」


 嘘だと言って欲しいじょ……。


「その、……」


 ゴブイチロウは、女性だと思われる千切れた腕を強く抱き締め、震えていた。


「おっしゃん!!!」


 あちしを見上げるゴブイチロウの酷い表情を見てしまった瞬間、あちしは膝をつき虚無感に襲われたじょ……。





 美しい茜色の空が星々を浮かび上がらせ、涙星がキラリと堕ちていくーー

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金貨使いの怪人《ファントム》 おにぎり(株) @omegaww1981

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