第38話 疲労回復ポーション

 そうして私たちは休憩を挟んでから、採取作業に戻った。

 やがて、今日という日が終盤に差し掛かっているのだとでもいうように、天頂からだいぶ移動していた。

「みんなー! うまく集められたかしら?」

 私は、泉の周囲にそれぞれ散らばって採取してくれているみんなに声をかけた。


「みてぽよ〜!」

「こんなに採れたくま!」

「大収穫だにゃ!」

「これで大丈夫かな?」


 スラちゃん、くまさん、ソックス、アルが、それぞれ手に持ったザルを手に持って私の元に集まってくる。あ、スラちゃんはザルを頭の上に乗せてきたわ。


「みんなありがとう! さあ、アトリエに帰りましょう」

「「「「うん(ああ)!」」」」

 そうしてみんなで帰途につくのだった。


 素材は、明日の調合で粉末にしやすいように、乾いた夜風に晒して乾燥させたわ。


 次の日。

 私は、さっそく村に持っていくための薬品を調合し始めた。

 スラちゃんは、スライム酸を出してもらうためにとお願いして、作業台の上にスタンバイしている。

 やる気満々のようで、ピンク色の体がプルプルしているのが可愛い。


 くまさんとソックスには、ずっと付き合わせっぱなしなので、自由にしていて欲しいとお願いした。

 そして、アルが「見学させてくれ」と申し出てきたので、私の背後にいる。

 ちょっぴり意識しちゃうんだけど、今はそういう場合じゃない。


 村の人たちと、新たに村人になろうと頑張っているゴブリンたちのために、しっかりやらないと!

 うん、と頷いて、私は心を引き締めるのだった。


 今日の最初は、初調合になる疲労回復ポーションを作ろう。

「ねえ、アル。手伝ってくれないかしら?」

 背後で立って見つめていられるだけだと落ち着かない。ならいっそ、協力してもらおうと思ったのだ。


「うん、何をすればいい?」

 アルの目が少し大きくなって、唇が弧を描く。私から手助けを求められたことが嬉しいらしい。


「これの材料は、リッカの葉と、中和の葉、あとはカルカルの実なの。それを、スラちゃんが出してくれるスライム酸に順番に溶かしていくのよ」

 私は、アルにも理由がわかるように、手順を含めて説明する。


「だから、スライム酸に溶けやすいように、この三つの材料を薬研か乳鉢で粉にしたいの」

 前回初級ポーションを作った時は乳鉢だったけれど、薬研もあることに気がついて、どちらが使いやすいか比べようと思って出しておいた。それらをアルに指し示す。


「やげん、にゅうばち」

 アルは薬研も乳鉢も初めて見るようで、興味深そうにそれらを眺める。


「どっちも、こういう固形のものを粉末にしたり、潰した液状にしたりするのに使うのよ」

 薬研の中央に窪みのある舟形の器に、乾燥したリッカの葉を入れる。そして、円盤状の車輪の中央を軸として、握り手の部分となる木の棒を通したもの、その棒を握って、車輪を前後させる。


 確か、これで使い方はあっているはずだ。


 アルとスラちゃんと私の目線が、薬研の中の葉っぱに注がれる。

 やがてそれは、柔らかい部分から粉状になり、やがて硬い繊維質の軸まで砕かれていく。


「……すごいな」

 砕かれていく葉を見て、アルが目を瞬かせる。

「残りのリッカの葉を、今の要領で全部粉にして欲しいのよ」

 育ちの良さそうな彼にこんな作業をお願いするのも、どうなんだろうと思って、ちらっと彼の顔を見たけれど、その顔は、まるで新しいおもちゃをもらった男の子のように輝いている。


「ああ、任せろ!」

 むしろやってみたいとでもいうように、快く引き受けてくれたので、私は彼に場所を譲った。

 私は、乳鉢で粉にしよう。こっちの方が、球体のものとか、素材によっては扱いが難しい場合もあるからね。


 ああ、そうだ。

「スラちゃん。私たちがこれを粉にしている間に、前と同じように、この中にスライム酸をたっぷり出しておいてくれないかしら?」

 そう言って、スラちゃんの前にビーカーを差し出した。


「うん! 頑張るぽよ!」

 やっと自分にお願い事が回ってきて嬉しいみたい。スラちゃんも、せっせとスライム酸をぴゅっと溜め始めた。

 うん、じゃあ私も乳鉢で素材を粉にしますか!

 そうして三人(二人と一匹)で、せっせとした準備をするのだった。


「じゃあ、調合を始めましょう!」

 皿に盛られた、粉にし終えた素材たちと、スライム酸を前にして、私は気合いを入れる。


「みていてもいいか?」

 アルが尋ねてきた。

「うん、いいわよ」

 一緒に長時間作業をしたからなのだろうか。微妙に彼を意識してしまう私の心は落ち着いたようで、多分、これなら見られながらの作業でも大丈夫だろうと思ったのだ。


 うん、変に意識しすぎたのよね。私は、それは一時的なものとして置いておくことにしたのだ。

「まずは、スライム酸を入れて、と」

 ビーカーからビーカーへ、必要な量を移す。

 そうしたら、粉になったリッカの葉とカルカルの実が同じ量になるように、吊り下げ天秤で測る。


「次に、リッカの葉の粉を溶かして」

 天秤から、測り終えた素材を皿に移して、疲労回復の効果を出す主成分であるリッカの葉をスライム酸に溶かし込む。

 無色透明だったスライム酸が、鮮やかな緑色に変わる。


「そこに、カルカルの実の粉を溶かして、と……」

 さっきとか仕込んだのと同量のカルカルの実を加える。これは、リッカの葉による胃腸への刺激を和らげる役割を持つものだ。

 鮮やかな透き通った緑色の液体が、濃いオレンジ色へと変色する。

 私の横で、その変色する様子を初めて見て驚いたらしいアルが、小さく歓声を上げた。


「更に中和の実の粉を混ぜる」

 すると、今度は液体が濃いピンク色へと変わっていく。

 そこは、鑑定で確認しながらの手探りなので、一度瞳を鑑定モードに切り替える。


「そして、お水で調整します、と」

 あとは、その時の出来によって、お水で調整(薄める)んだけど……。


【疲労回復ポーション】

 詳細:ねえねえ濃いんじゃない? 気持ち悪くなりそうだよ。


 やっぱりこれはスラちゃん鑑定っぽい。

 ちら、とスラちゃんに視線をやったけれど、スラちゃんはさっとそれから逃れるように、あさっての方を向いた。

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