第24話 薬師と赤竜

 話は、王城を去ったアルフリートに変わる。

 彼は、人型で赤い翼をはためかせながら、王都から遠く、出来るだけ遠くを目指していた。


 空は曇天。

 雨が降る気配がないのは、濡れずに済んで助かるのだが……。


 まるで、俺の気持ちを表しているようだ。

 アルフリートは、どんよりとした空を眺めて、苦笑する。


 俺の出自や事情を誰も知らない、そんな辺境で、しばらくただの竜族として過ごしたい。

 そして、そこで自分を見つめ直したい。

 アルフリートの出奔の理由は、それだ。


 幾つもの領地を通り過ぎ、やがて、ひとつのそこそこの規模の村が、ポツンと存在していることに気がついた。

 彼は、その村に辿り着くまでに、かなりの距離を飛んでいた。

 そして、その村を上空から眺めて見ても、周囲には村や町らしきものは見当たらない。

 ただ、広大な森がそばに広がる、牧歌的な村。


「この村を拠点にしようか……って、なんだ?」

 滞在するには理想的な村だと思い、高度を下げようかと思ったその時だ。

 ふと、森から出てきて、砂煙を上げながら村を目指す集団に気がついた。


 それが何かを確かめようと、アルフリートはじっと目を凝らす。

 よく見ると、一体ではそんなに大きくはない。

 自分達竜族や人間と比較して、小さな体。

 そして、一番特徴的なのは、体を覆う皮膚が緑色であることだった。


「……ゴブリンか?」


 その状況から判断する感じでは、森に住んでいたゴブリンが村を襲おうとしているところ。


「手助けに行くか」

 アルフリートが呟く。

 こんな辺境の村だ。武力を備えているとも思えず、ゴブリンとはいえ、集団で襲われたら被害は免れないだろうと思ったからだ。


 バサリ。

 アルフリートの背に生えている翼が、大きくなり、彼の体が頭から赤竜のそれに変化していく。

 まずは頬を中心とした顔を赤い鱗が覆いだし、体の形が変わり、全身を赤く美しく強靭な竜の鱗が飾る。

 辺境の村には基本、現れることのない赤竜が、援護のために高度を下げて村に降り立とうとしていた。


 ◆


「ゴブリンが来たぞー! みんな、構えろ!」

 病み上がりの村長の代理なのか、若手のリーダーらしい虎獣人が、門に集まった村人達に指示をする。

 当然、協力しようと雑貨店から駆けつけた私達も、彼の指示に従って、集中する。


 そして、とうとう先陣のゴブリン達が村の門のすぐそばにやってきた。

 後方のまだ追い付いていないものを待っているようで、まだ村へは攻め込む気はないようだ。

「食糧をまず探すゴブ!」

「「「ゴブー!」」」

 ゴブリンのリーダーと、従うもの達の言葉のやりとりが、はっきり聞こえる。


 それを聞いて、虎獣人の若者が、後方にいたもの達に指示をする。

「相手の目的は食糧だ! 何人か食糧庫の守りに回れ!」

「「「わかりました!」」」


 そんな時、私達がいる場所に影が落ちる。

 なんだろうと思って、空を見上げる。

 すると、私がこの世界にきて初めて見る赤竜が、私達のすぐ上で翼を羽ばたかせていた。


「……赤竜!」

 流石の虎獣人達も、驚愕に目を見張る。

 竜はこの国を建国した、王族や貴族に近しいものが多い、強大な力を持つ種属だ。それが、私達の上で翼を広げていたのだ。

 驚きで、体が硬直しているらしいものもいる。


「くまちゃん、竜って本当にいるのね……」

 立ち止まっている先陣のゴブリン達は、もうあと少しでこの村に押し寄せそうな距離だ。

 それにも関わらず、私は、その偉大な姿に目を奪われる。

「ボクも初めて見たよ……!」


 この地を奪いに、襲いに来たのだろうか?

 もしそうだったとしたら、ゴブリン達以上の脅威なのは間違い無いだろう。


 すると、上空から声をかけられた。

「俺が、ゴブリン達を威圧する。おそらく、硬直して動けなくなるだろうから、そこを攻めろ」


 なんと、赤竜は私達の味方をするために来てくれたらしい。

 そして、威圧でゴブリンを動けなくしてくれる……?


 ということは、ひとまず縄か何かで捕縛して、事情を聞くなり、説教をしたほうがいいんじゃ無いかしら?

 何も、問答無用で攻撃しなくてもいいわよね?

 私は、そう思った。


「だったら、動けなくなったところを捕まえて、こんなことしちゃダメって、お説教してみましょうよ! それでダメだったら、……やっつければいいわけで……」

 私は、最後の一言を口にするのに一瞬ためらった。

『やっつける』。

 それはすなわち、傷つけ、殺すことだからだ。


「食べ物に困ったら、奪えばいい、それじゃあダメだって知らないのかもしれない。チセの言うとおり、教えてみてからでいいんじゃないかな?」

 私の意見に、くまさんが加勢してくれた。


「襲撃しに来たゴブリンを倒さない?」

「驚いた。なんとお優しい」

「……さすがは、薬師様、神の遣わした癒し手ということなのか?」

 虎獣人さんを中心とした村人達が、ざわざわとしだし、対応を検討している。


 そして、突然現れた赤竜は、それを上空から見守っていた。

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