第40話 ルルド村に降りかかる災い

「わぁ!」

 私たちがルルド村に到着すると、ほんの数日だというのに、村を覆う囲いの外に、新たに掘り起こされた場所、畑が出来ようとしていた。私は思わず歓声をあげる。


 そんな私たちの姿をみとめて、獣人とゴブリンたちが手を止めた。

「みなさん! お帰りなさい!」

 一人の獣人が私たちに挨拶をする。


「本当は囲いごと広げたいところなんですが、まずは土地を準備しようと思いまして」

「頑張ってるゴブー!」

「おい、こら!」


 獣人が私に説明している傍から、ゴブリンの一人が「ほめて!」とでも言うように、クワを放り出して私の元へ駆け寄ってくる。


「頑張ったわね、偉いわ」

 彼らの背たけは私の胸に届くか届かないかといったところ。水浴びでもしたのだろうか、身綺麗なった彼らがはしゃいで騒いでいる様子は、とても微笑ましいものだった。

 私は思わず寄ってきた子の頭を撫でた。


 すると、残りの子たちが「ずるい!」と騒ぎ出して、私の周りをわっと囲む。

「全く。これじゃあ仕事も手につかなさそうだ」

 監督役の獣人が、やれやれといった様子で、肩をすくめる。その表情はやはり微笑ましいものを見るように優しい。


 そうして、村長さんに挨拶をしようとする私たちの後を、畑にいたみんなが後を追う形で、ぞろぞろと移動するのだった。


 村長さんの家を訪ねると、早速、前回と同じ部屋に通された。そして、前回使用したソファまで案内される。

 村長さんと対面するように、一緒に来た仲間が彼の向かいに腰を下ろした。


「チセ様。今回の用向きは、お願いしていた薬剤の件でしょうか?」

「はい! ご依頼の初級ポーションを作ってきました。それと、これから開墾するにあたって、みなさんのお役にたてて頂けたらと思って、疲労回復ポーションを差し入れに持ってきました!」


「チセ様。差し入れ……とおっしゃられるということは、それはチセ様の善意で下さるということですか?」


 ーーはいらないんだけどな(汗)


 まあ、そこはちょっと置いておくとして。

「はい。以前初級ポーションをお持ちしたときに、代金以外にもたくさんのお礼をいただきました。それに対する気持ちとでも思っていただければ結構です」

 私は、にこりと笑みを浮かべて回答した。


「ありがとうございます、チセ様。そんなお心配りまで……」

 村長さんが、頭を下げる。


「頭を上げてください。私は、みんながあの子ゴブリンたちを受け入れてくださって嬉しいんです」

 そう伝えて、頭を上げてもらおうとしていたそのとき。


 家の外からものが壊れるような大きな音と、叫び声が聞こえた。

「え……?」

「なんだ⁉︎ 何があった!」

 村長が、ソファから立ち上がって、部屋のドアを開けた。


「村長! 村長!」

 すると、バタバタと騒がしく廊下を歩く音とともに、男の人の大きな声がした。

 私たちも、その騒動に腰をあげる。


 ーー一体何があったんだろう?


「村長! 襲撃です! 竜です、黒い竜が!」

 みんなで部屋を出て様子を見に行こうとしていたところで、傷だらけで血を流している虎獣人の青年が報告に駆けつけた。


「竜? 襲撃⁉︎」

 村長は、頭を抱えた。


 私たちは、と聞いて、アルに視線を向ける。

「ねえ、アル。黒い竜って……」


「黒竜ってまさか……!」

 アルが血相を変えて部屋の入り口から飛び出していく。私たちもそんな彼の後を追うのだった。

 外に飛び出すと、バサッと空気を振動させて動く大きな影に、視界が暗くなる。


「何、あれ……」

 それを確認しようと見上げた私は、その空を覆うものの正体に絶句して立ち尽くす。


「チセ……!」

 咄嗟に、私とスラちゃん、ソックスと村長さんといった、あまり戦闘に秀でていないとわかる人たちを守るように、アルとくまさんが自分たちの背後に隠した。


「や……!」

 私は竜というものは知っている。けれど、それは知識としてのものだった。アル以外の本物を見たことなどなかった。


 アルは、村の上を飛び回っただけで、村になんの被害も与えていない。最初は怖かったけれど、私たちに協力的で、すぐにその恐怖心は消え去った。それに、姿が必要出なくなったらすぐ人の姿をとってくれたのも、怖い、と思わなかった理由の一つなのかもしれない。


 けれど、この竜は怖かった。

 心の奥底から湧き上がるような、生存本能からくる恐怖心で、体が震え上がる。


「あっははは! 脆い脆い! 所詮、脆弱で矮小な民草。俺の相手になりもしない!」

 そこには巨大な黒竜が、宙を舞っていた。


 岩のようにゴツゴツとした体表を持ち、その大きな体躯はまるで山のようだ。

 口からは黒い炎を吐き、粗末とは言っても村人たちには大切な家を焼いていた。

 バサリ、バサリと羽ばたきする大きな翼とその体は、村に巨大な影を落とす。そして、羽ばたきによって生まれる風が、家屋に着火した火を、さらに煽っていく。


 家を焼き出された獣人や、畑にいたのであろうと思われるゴブリンたちが、あるものは逃げ惑い、あるものは震え上がっていた。村から逃げ出す人々もたくさんいた。


 そんな中、何人かの体格の良い若い獣人たちが、血を流したり火傷をしたりと、手負いの状態で黒竜と対峙していた。


「……ひどい!」

 私は、その光景に涙が溢れそうになる。


「チセ! 泣いている場合じゃないぽよ! 自分にできることをするんだ!」

 私はスラちゃんにそう叱咤されたのだった。

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