第39話 不吉な影

 やっぱりこれはスラちゃん鑑定っぽい。

 ちら、とスラちゃんに視線をやったけれど、スラちゃんはさっとそれから逃れるように、あさっての方を向いた。


 まあ、いいか。

 まずは、これを村に差し入れすることを考えないとね。


「アクア、お願い!」

 純水を出してもらいたくて、アクアを呼んだ。


 そこにスラちゃんが口を挟む。

「前から気になってたんだけど、チセ、君も水魔法を継承しているはずだぽよ? どうして自分でしないぽよ?」


「だって、お友達と一緒に色々作った方が楽しいじゃない?」

 そう。私は、この世界に来るときに、もふもふや可愛いものに囲まれたスローライフを望んだのだ。だったら、そうやって私のそばに来てくれた子たちと一緒に色々な体験をしたかったのだ。

 それがもふもふスローライフってものじゃない?


「んー。一人で作るのは、確かに味気ないかもしれないけど……。何かあったときのために、練習しておいてもいいと思うんだぽよ……」

 いつも、ご機嫌な様子のスラちゃんが、眉間の間と思われる場所に皺を寄せた。


「チセは、召喚魔法だけじゃなくて、属性魔法も使えるのか?」

 そこにアルが割って入ってくる。


「そうぽよ〜。ただ、練習していないから、いきなりは使えないはずなんだぽよ。アルからもチセを説得してほしいぽよ」

 ふー、と盛大なため息をつくスラちゃん。

「確かに、使えるかもしれない状態ってだけじゃ、仲間がいない時に何かあったら危ない……」


「そんなの、私たちを呼べばいいわよ‼︎」

 アルが言い切る前に、呼び出されたのに放置されていたアクアが、怒りの形相で怒鳴ってくる。

 色白な頬が赤く変わり、湯気でも出そうな勢いで、花のかんばせも台無しだ。


「わ。ごめんなさい! 前のように、ビーカーに綺麗なお水を出して欲しいのよ」

 私は、慌てて彼女を宥めようと、ビーカーを差し出すのと一緒に用向きを伝えた。

「早く言ってよね!」

 ぷんぷんと怒気を露わにするアクアを前に、少し前に問題にされていた話題は置き去りにされるのだった。


 そうして、アクアの出してくれたお水で、適切な濃度にまで疲労回復ポーションを薄めていく。

 出来上がったそれは、透明な淡いピンク色。

 初級ポーションと同じく、なんというか、やっぱり風邪シロップっぽい色に仕上がったのだった。


 その次は、違う材料を粉にして、初級ポーションを作った。

 全部を作り終えると、すっかり日が傾きかけていた。


「アル、スラちゃん。アクアも。お手伝いありがとう!」

「また今度、ジャムか美味しいものをご馳走してね」

 アクアが私に告げて、ふわりと空気に溶け込むかのように姿を消す。


「また、チセのために頑張るぽよ!」

「今日の作業はとても興味深かったよ。また手伝わせて欲しいな」

 スラちゃんもアルも、揃って次のお手伝いを申し出てくれた。


 うん。やっぱり、こういうのが素敵よね!

 私は、その時はのんきにそう思ったのだった。


 そして次の日。

 朝食をみんなで食べながら、早いうちにルルド村に薬品を届けてあげようということで意見が一致して、再び村へ行く準備をすることになった。


「くま。荷物重くないか? 俺も半分持とうか?」

 前回のように、全部の薬品をショルダーバッグに入れて持とうとした彼女に、アルが見かねたように声をかけた。なにせ、元々が熊で力持ちとはいっても、彼女は女の子なのだ。


「大丈夫だよ?」

 よくわからない、といった様子で、くまさんが首を傾げた。


「そういう問題じゃないし、俺っていう人手が増えたんだから甘えればいい。チセ、もう一つバッグはあるか?」

「うん、あるよ。二人とも少し待ってて」

 私は納戸なんどの中を探しにいく。そして目当てのものを見つけてそれをアルに手渡した。ちょうどくまさんが肩から下げようとしていたものと同じバッグがあったのだ。


「じゃあ、半分もらうぞ」

「アル、ありがとう!」

 アルはテキパキと宣言どおりに薬瓶を半分移しかえて、バッグを肩から下げた。

 そうして私たちはアトリエを後にして、ルルド村へと再び赴くのだった。


 ◆


 ちょうどチセたちがルルド村を目指している、そのとき。

「……ふうん。これが奴が気にかける村、ねえ」


 ガルドリード、アルフリートを忌み嫌う黒竜がルルド村を見下ろしながらつぶやいた。

 人の背に翼を生やした姿で密かに空を駆けてきたのである。


「辺境へ行く」というアルフリートの言葉を聞いたガルドリードは、アルフリートの行き先を人づてに調べて、後を追ってきたのだ。


「ここまで離れていれば……」

 その村は、地図どおり王都から遠く離れていた。

 ニヤリと嫌な笑みを浮かべて、ガルドリードがクックと笑う。


「こんな辺鄙で小さな村の出来事など、王都まで届かないこともありうるよなあ?」

 彼が木陰に身を潜めながら眺めるその村の光景は、彼の嘲笑を誘うものだった。


 汗水垂らしてゴブリンたちがまだ手付かずの大地を耕し、それを獣人たちが手伝っている。

 ゴブリンという矮小な生き物を相手に何をしているのかと、その感情のとおりにガルドリードは密かに笑うのだった。


「聖女様と赤竜様が戻って来られるまで、がんばれ!」

 呆れ果てるほど、彼にとって滑稽な光景。


 だが確かに、ここはとは違った。

 そして下からときおり聞こえてくる、と言う声が、彼に確信を与えた。

 やはりここで間違いない、と判断したガルドリードは、目当ての人物が来るのを密かに待つことにしたのだった。

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