第4話 スラちゃんと一緒にご飯

 私は気を取り直して、今度はソファでうとうとしているスラちゃんに声をかける。

「ねえ、スラちゃん」

「なぁに〜」

 なんていうか、返事のぞんざいな感じが、面倒くさいという思いを伝えてくる。

「お夕飯を一緒にどうかなって思って。パンとシチューなんだけれど、どうかな?」

 その返事にめげずに私が尋ねると、スラちゃんの目がキラリと輝いた。


 ソファから飛び降りて、ぽよぽよと飛び跳ねながら私の元へやって来て、頭の上に乗ってくる。

「ほわ〜。なんかいい匂いがするよ!」

「シチューって言うのよ。どうかしら?」

 なんか、頭に乗っているスラちゃんを見上げようとしたら、なんかヨダレっぽいものが見えたので、慌てて手で持ち替えて顔によだれ落下を阻止する。


「ちょっと、よだれを頭の上で垂らさないでよね!」

「だって、あんまり美味しそうな匂いだから、つい……」

 そして、欲しいなーって顔で、私を上目遣いで見上げてくる、スラちゃん。

 目が無駄にキラキラしていて、悔しいけど、可愛い。


「じゃあ、二人で食べよう。ちょっと待っててね」

 スラちゃんをテーブルの上に載せて、私は食器棚の方へ向かう。


「スラちゃんは、苦手な食べ物とかある?」

 食器を探しながら、聞いてみる。

 だって、例えば前の世界の犬とか猫のように、玉ねぎとかで病気に! なんてなったら大変でしょう?


「僕は雑食。なんでも消化できるから、任せて!」

 どん、と胸を叩くかわりなのか、ぷるんと揺れる。


 じゃあ、木の器に、スプーン、パン皿を二つずつね。

 まあ、スラちゃんがスプーンを使えるのかは謎だけれど。

 木の器にシチューを掬って、パン皿の上にパンを載せる。


 スラちゃんの前に一式、そしてその向かいに私の分を一式並べる。

 そして、私は椅子に腰を下ろした。


 すると、くわっと少したゆんとした円形だったスラちゃんが、まるで口のように中央がかぱりと開く。

「ええええっ!」

 そして、木の器ごとシチューを丸呑みしてしまったのだ!


「ダメダメ、スラちゃん! 入れ物は食器なの!」

 私は大慌てで両手を振って、違う違うとジェスチャーする。

 すると、スラちゃん私の説明を理解したのか、ペッと木の器だけ吐き出してくれた。


 ……ぺっ、か……。

 器もなんだか、ぬらぬらてらてらしている気がする……。

 私はそっと布巾越しにその器を流し台の水を張ったタライの中に入れる。


「それにしても、器とやらは食べちゃダメとなると、どうやって食べたらいいのか全くわからないよ」

 ぷう、と口を尖らせるスラちゃん。

 そして、その口で、パンを一切れ摘んで、飲み込んだ。


「手が使えるなら、こうやって食べるんだけど……」

 私は、いただきますと言って両手を合わせてから、スプーンを手に取り、掬って口に運ぶ。

 ん? と視線を感じて目線を上げると、お向かいにいるスラちゃんがじっと私の食事の仕方を見ていた。


「なるほど……」

 なんかスラちゃんが呟いた! と思うと、うにょんとスラちゃんの右手のようなもの(ただし材質は体と同じくゼリー状)が伸びて、自分のそばにあるスプーンを、ぐーで握る。

「スラちゃん、そうよ! 上手!」

 私は一旦スプーンを食器に引っ掛けておいてから、ぱちぱちを拍手をしたのだが……。


 その手がのびーんと伸びてきて。


 ……私のシチューを掬って持っていった!


「スラちゃん! 食器に盛られた他の人の分を勝手に食べちゃいけません!」

 すでにもぐもぐしているスラちゃんを、めっ! と軽く睨んで叱る。

 そんな私を見て、スラちゃんはごっくんしてから、しゅんとする。


「だって、チセのスープ美味しかったんだもん。もっと欲しくなっちゃったんだ」

 いじいじとテーブルの上で視線をうろうろさせるスラちゃんは可愛かった。


 しょうがないなあ、と私はため息まじりに笑顔になって、スラちゃんに伝えた。

「そういう時は、『おかわり』って言うのよ!」

 私は腰を上げて、調理台に移動する。

 そして、食器棚の中から、まだ余っている木の器を一つ取り出した。


 ……明日の朝に、と思っていたけれど、気に入ってくれたんだから、明日の分はまた作ればいいよね!


 そう思いながらおかわりをよそう。

「はい、どうぞ」

 ことん、とスラちゃんの前に置いてあげた。

「わぁい! チセ、ありがとう!」

 スラちゃんは、まだ味気ないはずのシチューでも、美味しいと言って食べてくれる。

 そんなスラちゃんと向かい合って食べる未完成のシチューは、私にも意外なほど美味しく感じられたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る