猫耳少女は森でスローライフを送りたい【WEB版】

yocco

prologue

「やった! 異世界転生したわ!」

 私は、両手をバンザイして叫んだ。


 東京にはなかった、抜けるような青い空が、木々の隙間から見える。その空を、薄い雲が上空の風にどんどん流されていく。

 そして澄んだ空気。

 風に運ばれ鼻腔をくすぐる土と緑の匂い。


 私の周りは、見渡す限り森の中。

 そして私の隣には、前世では決していなかった、あの定番のスライムがいた!


 おいでおいでしたら、そのピンクの子は、警戒もせずにぴょんとジャンプして私の頭の上に乗った。


 ね! 異世界転生しているよね?


 ◆


 ことの始まりは、こんな感じだった。


 気がつくと、私は何もない白い空間にいて。

「あれ、ここどこ……」

 あたりをキョロキョロすると、少し先に、白いローブを着た人がいた。

 私は、彼の元に歩いていく。

「おはよう。ようやく目覚めたようだね」

 その白いローブの若い男性は、私に向かってにっこり微笑んだ。


 ーーこの人は誰だろう? そして、ここはどこ?


「あっ!」

 思い出した!

 私、いつものように終電で帰り、後もう少しで自宅マンションの前……、というところで、トラックに轢かれそうになった猫を見かけて、庇って轢かれたのだ。


「思い出したかな?」

 男性が再びにこりと笑う。

 私は、それに、こくりと一つ頷いた。


「私は、猫を庇って……死んだんでしょうか?」

「うん、残念ながら。でも、お陰であの猫は元気に生きているよ。ありがとう、優しい子」

 彼は、一歩私に近づいてきて、私の頬をそっと撫でた。その手は温かい。


「ここはね、転生の間。そして私は転生を司る神。善行をして短い一生を終えたものには、ある程度次の生について、選択をさせてあげられる」

「元の世界と同じ世界ですか?」

 私のその問いには、神様は首を横に振った。


 ーーえ、じゃあ、なんかよくある異世界転生ですか?


「じゃあ、違う世界……」

「うん。君のもといた世界は、人が多すぎるんだ。あの星はもう悲鳴をあげている。だから、他の世界に転生してもらう予定だよ」


 なるほど。確かに、地球には人が溢れかえっている。

 自然の汚染や資源の枯渇。そして気象異常。

 大地は干上がり、かと思えば嵐が襲う。

 もう、人の数が過剰なのだろう。


「この世界は悲鳴を上げている。だからね、私は今の世界の代表者として、他の世界に送っても恥ずかしくない、善行を行なった人間を優先して異世界に送り出しているんだよ」


「確かに、選別もせずに、たとえばですけど、悪いことをするような人を送ったら、送られた世界も困ってしまいますよね」


「うん、そうなんだ」

 この世界の代表者だという男性は頷いた。


「話は戻るけれどね違う世界に送るにあたって、君が成した善行の分、贈り物をしてあげられる。生まれる条件や、能力とかね」

 私は、不意に口から願いが滑り出た。


「……だったら、動物と触れ合っても大丈夫な健康な体と、そして、動物達と一緒に幸せに暮らすための力が欲しいです!」

 私は、物心ついた頃から動物アレルギーがあって、猫や犬を飼いたいのに飼えなかった。

 次の人生があるのだとしたら、その体質は無ければいいと、切に願っていた。


「もふもふな生活を保証してください! 犬も、猫も、なんでも! 異世界なら、竜もいますか!? そしたら空を飛べますよね!」

 私の目が、あからさまに期待に輝いていたのだろう。

 神様は私の喜びようを見て、くすりと笑う。


 握り拳をして、そう宣言すると、神様が、ぷっと小さく吹き出すように笑った。


「そんな事でいいのかい? じゃあ、少し、色をつけて送り出してあげよう。君のいた世界とは違って、獣も魔物もいる。そして生きて糧を得るには、色々な力が必要だからね」

 神様の温かく大きな手のひらが私の頬に添えられる。

「全ての生き物に愛されるように。そして、生きていくのに必要な知識を全て内包した状態で送ってあげよう」


 その言葉を最後に、私は、意識が一旦途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る