第28話 国王との交渉
ルルド村を飛び去って、アルフリートは大空を王都に向かって飛んでいた。
……交渉してきてやるなんて、カッコつけてきたけど、実は
空を駆けていきながら、アルフリートの唇に苦笑いが浮かぶ。
泣いていたあの彼女は嬉しそうにしていたけれど、俺はこの恵まれた生まれを利用するだけだ。
けれど、泣いているあの少女を見て、その立場があるのに使わないでいることもできなかった。
ルルド村の村長も、自分たちが豊かとも言えない状況で、ゴブリン達を受け入れようとしていた。村という小さな集合体だとしても、憐れみの心を持つ、民を思う良い長と言えるだろう。
空は晴れているが白い雲が多く、彼は何度もその雲の中を突っ切りながら飛んでいく。
雲の中は濃い霧のなかにいるようで、服を含めた彼の体表を湿気らせる。
そして、それを突っ切ると、青い空と乾いた風がそれを乾かしていく。
その繰り返しだ。
まるで、その繰り返しが自分の心の中の葛藤、矛盾への問答を表しているみたいだ、と思う。
聖女だった母上の力を、俺が引き継げなかったせいだ。
もし母上の血を継ぐ俺に、聖女……いや、男だから聖者か? その力が自分にあれば、母上が亡くなった後も、国への祝福は続くはずだったのだ。
アルフリートは、ずっとそう思っていた。
俺があの村のために動こうと思った理由。
それはまず、もともと彼の中にあった自責の念のせい。
そして何より、なけなしの手持ちの金を見て「ゴブリンたちを救えない」と泣く、非力な猫の耳を持つ少女の憐れみ深く優しい心に、胸を打たれたのだ。
この国は、人間の国と魔族の国しかなかった中で、迫害されがちな亜人のために、前代の赤竜王が興した国。けれど、まだその定義はとても曖昧だ。
興国の時代に赤竜王に従った者達は当然国民と認識されているものの、そうではなく、ただ森の中に住まう、国を意識しないで生きている者達は、国民と認識されていない。
国に縛られない「自由の民」、というところだろうか。
多分、ゴブリンが国民となる事例は、今までにはないのではないだろうか?
それなりに父王や兄、義母たち、宰相などと語る中で見聞きした記憶から、彼はそう判断した。
「だが、彼らを国民に組み込むことを認めてもらう」
一人切りだが、あえて言葉にする。それが俺の役目だ、と彼は決意を決めるかのように。
国民が増えることは、国にとってメリットだ。
なぜなら、納税が増えるからだ。
どれだけ大事なことなのかというと、住みやすさの違いから移住者が増えた(領民、国民を奪われた)といって、戦争が起こるほどなのだから。
国を支える国民というのは、国にとって宝のはず。
例えゴブリンという、今まで民として認められてきた歴史のない種族であったとしても、今後、民としてルールに従い、真面目に働くというのなら、受け入れられる余地はあるはず。
「……いくぞ!」
たくさんの雲をくぐり抜け、あとは目の前に王都が見えてきた。
アルフリートは、真っ直ぐに王城を目指すのだった。
◆
「何? ゴブリンを村民にする?」
アルフリートは、父王を捕まえ、そのまま交渉に持ち込んでいた。
ちょうど、執務室で国政に関する決裁をしていたところだったので、王の隣には宰相も控えていた。
「アルフリート様。……ルルド村とおっしゃいましたか」
宰相が確認のために、執務室内の自国の地図を貼った場所へ、アルフリートと連れ立って歩いていく。
「ああ、そうだ。……うん、この辺り。この国の中では限りなく辺境といってもいいくらいの場所にある」
そして、たどり着いた地図を覗き込み、アルフリートは、ルルド村のある場所を指さした。
そこは、本当のその地図の中で、最端。
そこにぽつりと名前が書かれていた。
「少しお待ちください」と、そう言って、宰相が執務室にぎっしりと書類の並んだ棚を調べる。
「……ああ、これですね」
そう言って手に取って戻ってきた資料は、納税記録。
「ルルド村は、あまりに他の町や村からも遠く、治める領主もおりません。納税も直接国にしておりますし、直轄地と言って良いでしょう。……とすると、その村の沙汰は国が決めても問題なさそうです、陛下」
宰相が書類を確認して、そう結論づけると、国王のそう進言する。
「なるほどな。……で、アル。その、村民になりたいというゴブリンは、誠に善良な民になれそうなのか?」
執務机とセットの椅子に腰掛けながら、王はアルフリートに尋ねる。
「はい。最初村にきた動機は、食糧難が原因で村から強奪しようという、安易な考えでやってきたものたちでした。……ですが」
「ですが?」
「あの村で『薬師』として親しまれている様子の少女がいて、彼女が、彼らを諭したのです。……そして、自分たちとその家族のために、自らの手で開墾することを決意しました」
アルフリートが、あの村での経緯を説明する。
「なんと!」
宰相が驚いたように声をあげる。
「ゴブリンがそのような生き方をすることを決意し、多種族と共存するなど、例を見ないが……。村民は受け入れを認めているのか? 争いの火種になることはなさそうなのか?」
王は再びアルフリートに問いかける。
「はい。どうも、その提案と説得をした『薬師』の少女は、村人の一部が思わず『聖女』と呼ぶほど慕われているようで……。彼女の提案ならと受け入れる様子です。ですが、あの村にはひとつ問題があるのです」
「……問題?」
「はい、父上。ルルド村自体に、蓄えが余裕がありません。村民のための食糧と、納税のための作物しか蓄えがないそうです」
うーむ、と唸って、王が机の上で手を組む。
「父上」
「うむ」
「我が国には、『移民保護』の特例があります。それを根拠にして、新しい村民たちの生活が安定するまで、ルルド村へ納税免除をお認めいただきたいのです」
「なるほど。その納税分で、ゴブリン……いや、
ようやくアルフリートの来訪の意図が読めたように、王と宰相が顔を見合わせて頷く。
「アル。善良な民は、国の宝。それが増えるというなら、私には異論はない。……だろう?」
王が宰相に確認をすると、彼は同意するように首を縦に振った。
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