第29話 兄と弟

「ところで、アル。許可を取らず出奔したこと、咎め立てする気はないが、これからどうするつもりだ?」

 父王がそうアルフリートに尋ねた、そのタイミング。

 そこで、彼の兄である王太子エドワルドの声で来訪と入室許可を求める声と、扉をノックする音がした。


「構わん。入れ」

 父王の言葉で、兄エドワルドが扉を開けて入ってくる。


 父上譲りの真紅の髪と瞳。側頭部を飾る艶やかな漆黒のツノ。鍛え上げた肉体と、他者を魅了する高くもなく低すぎもない絶妙な響きを持つ、よくとおる声。他者を魅了する屈託のない笑顔と、滲み出る精悍さ。


 まるで、生まれながらにその将来を約束されたような人だな。

 アルフリートは、王太子であり兄であるその人を見て、改めて思う。


「アル! 帰ってきたか! 心配したぞ」

 白い歯をのぞかせて爽快な笑顔を見せてから、エドワルドは逞しい彼の片腕をアルフリートの肩に回す。

「エド兄さん。少し思うところがあって。……ご心配おかけしました」

 まるで清流のような眩しい笑顔をむける兄に、アルフリートは彼の腕の中で曖昧な微笑を浮かべる。


「エド。アルがな、国政に興味を持ったようだぞ」

「えっ! 本当ですか!」

 幼い頃の兄弟のじゃれあいのように、兄が弟に額に額をぶつける。


「国政……ってほどじゃないです」

 アルフリートは、照れ臭そうに呟くと、兄から目を逸らす。

「えー? だって、父上がああ言っているじゃないか」

 ねえ、父上。そう言って、エドワルドは父王を見上げ、声をかける。


「ああ。忘れ去られているほど遥か遠い辺境の村にな、ゴブリンが入植したいと。だから、『移民保護』の条例を適用して欲しいと交渉に来たんだよ」

 兄弟のじゃれあいを見守りながら、国王がクックと愉快そうに肩を揺らして笑う。


「え! 今まで、そんな素振りはなかったじゃないか。本当か、アル?」

 その問いかけは疑問の体をなしているけれども、喜色にあふれんばかりの声色だ。


「……俺は、兄さんのように竜族としての力には恵まれなかった。だから、『力と心』両方を備えていることが条件である王位継承権も、俺は持っていない。それに、身近に家族以外の親しい人もいなかったから……」


「それで?」

 兄が問いかけると、弟はやや耳朶じだを赤く染めながら目を逸らす。


「ゴブリンたちが、食うに困って、村に強奪に来たところに出くわしたんだけど……、彼らを改心させて、開拓民になることを決心させた子がいて……」

「うん」


「驚いたし、感動したんだ。……普通なら忌み嫌われるゴブリンの頭を優しく撫でながら説得する、その姿に、見惚れた。自分の手持ちの金じゃ彼らを養えないと泣く彼女がーーまるで、聖女だった母さんのような、そんな、優しい顔で……」


 アルフリートは、うまく合いの手をかける兄に誘導されるがままに、なぜ城に戻ってきたかを答えてしまう。

「ふうん……。『彼女』ってことは、女の子なんだ?」

 エドワルドが、片眉を上げていたずらっぽく笑う。


「はあぁ⁉︎ どうして話がそっちに行くんだ!」

 兄の手から逃れて、アルフリートが嫌悪をあらわにする。


「こら、二人とも。いい年をして、やめんか」

 じゃれあいのあとは、喧嘩勃発となる手前で、父王が子供たちを止めに入る。

 子竜でもあるまいにと、言外に窘めるその言葉に、二人は互いの距離を程々にとって、父に向かって立つ。


「それで父上、アルの望みは聞き届けることになったんですか?」

「ああ。アルが見聞きしてきたいうのだ。ゴブリンが村民……この国の民として生きてゆこうと決意するというのは驚きだが、国民が増えるのは喜びだ。そうだろう? エド」

 父の言葉に、エドワルドがにこやかに笑みを浮かべて頷く。


「アル。お前は、そのルルド村の開拓が順調に進むよう、しばらくあちらに滞在して見守れ。いいな?」

「はい。それは勿論。俺が願い出たことですから、最後まで責任を持って見守ってきます」

 では、と言って、父王と宰相、そして兄に会釈をしてから、アルフリートは淡々とした表情で執務室を後にした。


 弟が部屋を去って十分に経ったあと。

「父上。……アルをたったひとり辺境に行けなどと……! ただでさえ、第二王子でありながら王位継承権を与えられないことにも反対してきましたが……。まるで辺境への追放のような指示を与えるなど、あんまりじゃないですか?」

 エドワルドが父王に静かに抗議する。


「だが、アルに王位継承権を与えたらどうなる? 私だってあれは可愛い息子だ。だが、あれは人と竜の間に生まれた。その出自を厭うものは、竜種の上位貴族にも多い。……我が王家が立国してまだ日は浅く、全ての口さがない奴らを完全に黙らせることが出来るほどの力はないのだ」


「……だからと言って……あんまりです」

 かといって、父のいうことは正論で、反論の余地はない。

 エドワルドは我が身の力の無さに対しての怒りに、ギリ、と唇を噛むのだった。

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