第30話 アルフリートとガルドリード
アルフリートが父王の執務室を辞して、しばらく歩を進めていた時のことだった。
「よう、
その言葉を、廊下の反対側から歩いてきて声をかけてきたものがいた。
それは、アルフリートが城を出奔する前に、彼を罵った騎士。
しかも、今回は彼を抑える同僚もおらず、二人きり。
だから、あからさまに王子であるアルフリートへの蔑称を口にした。
またか。
アルフリートは、もう彼が自分に絡んでくるのは恒例行事くらいにしか思っていなかった。
だから、相手にバレないように、小さくため息をついた。
相手の騎士の名前は、ガルドリード。
愛称や、略す場合にはガルドと呼ばれる、黒龍種の侯爵家の次男だ。
そんな彼は、アルフリートが幼少の頃に、ちょうど年頃も家柄も釣り合うという理由で、アルフリートの遊び相手を兼ねた
王族の
……はずだった。
彼の父も、それを望んで彼を
それは、将来を約束されたような要請である。
侯爵家の跡継ぎではなかったガルドリードにとって、素晴らしい未来への切符だ。
子の将来や、家の利を考えた時、父親にその申し出を断る理由はなかった。
だが、黒龍族は竜族の中でも、「力こそ全て」を家訓にするほどの、竜種第一、弱き種族や人間を嫌う一族で、ガルドリードはそんな家に生まれ育った。
当然、まだ幼なかったガルドリードは最初、父親に「いやだ」と。その申し入れを断って欲しいと訴えた。
そんな彼に父親は、「自分の心よりも、将来を考えろ。利を考えるのだ」そう諭され、彼はアルフリートのもとに召し出された。
最初は彼も、生まれ育った家での教えや思想を押し殺し、素直にアルフリートの学友を務めていた。
けれど、未来の我が主人になるらしい
その結果だろうか。剣技や体術の習得も遅い。
そして、ドラゴンブレスや、彼らが種に応じてもつ魔法。
竜としての基本能力ですら、王族でありながら習得できないものがあったのだ。
「力こそ全て」を信条とするガルドリードにとって、それを主人に掲げるなど、我慢ができなかった。
だから、彼が十四の歳になるかならないかの頃に、口にしてしまったのだ。
「お前なんか、ドレイクより劣る! 俺はそんな奴を主人として認めることはできない!」
その時、幸いにもアルフリート以外の王族はいなかったから、その場での
だが、当然その場に居合わせたものから、国王やガルドリードの実家へ報告が上がる。
侯爵家の主人、ガルドリードの父は、王とその家族に対して、絨毯に体を投げ出す勢いで頭をこれでもかというほど叩きつけて謝罪した。
そして、最悪の沙汰ーー死罪の命だけは、許して欲しいと。
愚かな振る舞いしかできなかったとはいえ、実の我が子を思う心から、侯爵家当主としてのプライドも何もかなぐり捨てて、王とアルフリートに懇願した。
彼は
当然の結果である。
そして、十五の歳で成人しても、形のみは騎士であっても、永遠に一兵卒から引き上げることはないようにする、との決定が王から下されたのだ。
一般的には、この国の騎士には、職業に対する爵位として、騎士爵が叙爵される。
しかし、ガルドリードには、騎士爵すら与えられなかった。
まさに、『形だけの騎士』。
それが、今のガルドリードだ。
彼に、反省はなかった。
父が、自らのプライドや、侯爵という高位貴族、黒龍族という、その心を支えるもの全てをかなぐり捨てて、息子の命乞いをしてくれたにも関わらず、それに感謝もしていなかった。
ーー余計なことを。
それが、ガルドリードの、当時の父の対応へ抱く思いだ。そしてそれは今も変わらない。
『親の心子知らず』。
まさに、それを体現しているかのような息子である。
やがて、じわじわとガルドリードの身に降り注ぐ待遇への不満を、彼は全て、ひとりにぶつけるようになる。
アルフリートだ。
そんなガルドリードとは、アルフリートは長話……いや、絡まれていたくなかった。
ーーさっさとあしらうに限るか。
アルフリートは、そう判断する。
「俺は、父に辺境の村の立て直しを見守ってこいと命じられた。……お前のいる中央からは去る。お前の目に触れることもなくなる」
そう言い切って、一息深く息を吐き出してから、吸う。
「……それで、満足だろう?」
アルフリートは、獣の目で相手を威圧するかのように、ガルドリードを睨みつけた。
「俺も、いっそ清々しい気分だよ。……ガルドリード」
そう言い捨てて、ガルドリードの脇を通って彼とすれ違い、彼を残してただ足早に去っていく。
ガルドリードは、揶揄するタイミングも与えられずに、その場に残される。
廊下に響くのは、ただ、淡々と規則的に響く、アルフリートの靴音だけ。
だが、それを聞きながら、ガルドリードは、口の
「へえ。辺境、ねえ?」
アルフリートが、家族から愛されていないわけでないこと。
むしろ深く愛し、その将来を先案じていることぐらいは、この国の貴族であれば、周知の事実だった。
そして、ガルドリードもそれぐらいは知っていた。
王が命じるのなら、その辺境には何かあるのだろう。
ガルドリードは、まるで獣が何かを嗅ぎ取るかのように、直感でそれを感じた。
「ふうん。……辺境、ねえ」
ガルドリードは、立ち去っていくアルフリートに体を向ける。
口元だけで笑いながら、彼の背中を睨みつけた。
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